本の贈り物

■プロフィール
藤原あずみ イラストレーター。1958年長野県安曇野市生まれ。佐倉市在住。主な作品は「野あそびいっぱい 植物編」(萌文社、中山康夫著)、「お話とあそぼう」(一声社、末吉正子著)など。「第18回小さな童話大賞 山本容子賞」、「第9回ミツバチ絵本コンクール佳作」、「第48回千葉文学賞」など受賞。


「おぼつかなさ」 『abさんご』

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 以前、「雙ノ会」の能を観る機会があった。演目は「求塚」。能の鑑賞は初めてだと告げたら、チケットをくれた民俗学の先生が、赤鉛筆であちこち印を付けた台本を貸してくださった。当日は台本を追うどころか、心地良い言葉のさざ波に揺られて、何度も舟を漕ぎかけた。眠りかけては、はっとして舞台に目を戻すと、不思議な事に物語はまだそこに留まっていた。能は、「時の流れ」ではなく、「時の淀み」を演じるものなのか。一瞬を永遠に引き伸ばした、あるいは永遠を一瞬に凝縮した、そのどちらともつかない「時の淀み」の中を、最小限に留めた動きで能楽師が舞っていた。夢ともうつつとも思える捉え所のない心地よさだった。

 深い感性を道しるべに書かれた「abさんご」にも、能と似た「時間の淀み」がある。小ぶりの白い本の中に納められた四つの物語。左から始まる横書きの一作が「abさんご」で、二十一世紀初めに書かれたもの。右から始まる縦書きの三作が「毬」「タミエの花」「虹」で、二十世紀半ば過ぎの作品。両者は本の真ん中よりやや右寄りで背中合わせに出会い、そこに作者の「なかがき」が挟んである。「ここに半せいきの歳月がたちまよっているとなれば,ひろやかなのかおしつめられているのか,しずかなのかさわがしいのか,見さだめのつけがたいきみょうなおぼつかなさにとらわれます」と作者は綴る。

 右から始まる縦書き作品から読み始めた。三作に登場する主人公の少女の面影は、群れては咲かないしたたかな花に似ている。少女の面影を抱いたまま「abさんご」を読んだ。ひそやかに物語は始まり、ひそやかに展開し、やがてひそやかに幕を閉じた。擬音語を使わない文章からは、音が聞こえてこない。水槽の中の魚を見ているような、無声映画の像を眺めているような静けさ。失われた五感のひとつを埋めようとして、知らず文字に神経が集中する。行きつ戻りつ読むうちに、作者が創り上げたこだわりの言葉の巣穴に、ゆらゆらと落ちて行った。万人共通の固有名詞を使わずに表現されたものたちは、名前を与えられる以前の、本来の姿を現わす。林檎の皮は「多肉果の紅いらせん状の皮」と呼ばれ、蚊帳は「へやの中のへやのようなやわらかい檻」、傘は「天からふるものをしのぐどうぐ」と形容される。柔らかく重ねられた言葉によって、ありふれた日常が幽玄の世界へと変容する。......

 【メモ】「abさんご」黒田夏子・文藝春秋

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