起伏のある異色の生涯 佐久間惣治郎伝-教育の基本は「論語と算盤」(佐々木久夫著)

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 教育一途に過ごした佐久間惣治郎(1877-1956)の生涯をたどる。

 26歳で教諭心得(教諭見習い)として山形県立山形中学校に赴任。当時、学校は教師に反発する生徒がストライキを頻繁に行っていたが、勉学だけではなく、生徒の心も養おう-という惣治郎の姿に生徒たちは親しみを持って接した。

 教師になってすぐに「正義を天下に行わんがため」「天下の英才を得、之を教育せんがため」を実行。1934年には千葉県内初の女子商業学校、千葉女子商業学校を設立。「片手に論語、片手に算盤」をモットーに徳育と職業教育を実践する特色ある教育を展開した。

 だが、教育にまい進し続けた惣治郎にも運命を変える出来事、悔しい経験が。大多喜高等女学校の校長時代には、校長会議などで積極的に意見を発表したため、県から突然「後進に道を開くため校長を勇退してもらいたい」と呼び出される。学閥の権力争いから最後は免職となってしまったが、迷ったうえに恐れ多くも請願による上奏を決断した経緯なども詳しく書き留めた。

 長男の彊(つとむ)氏は、あとがきで「まことにはげしい起伏のある、教育者としては異色な生涯であった」。著書の佐々木氏は「誠実であること、人と向き合うことの大切さが見えにくくなっている時代。惣治郎の生涯をたどることで、今を生きる人たちが指針や希望を見つけてもらえれば」と結んでいる。(アートデイズ刊・1600円)。