中国で子規と交流 森鷗外(4) 中谷順子 【房総の作家】

正岡子規の句碑。佐倉市鏑木町の小沼公園内に建つ。子規が佐倉を訪れたことを記念して「霜枯の佐倉見上ぐる野道かな」の句が刻まれている
正岡子規の句碑。佐倉市鏑木町の小沼公園内に建つ。子規が佐倉を訪れたことを記念して「霜枯の佐倉見上ぐる野道かな」の句が刻まれている

 森鷗外は、明治23年に妻・登志子と離婚。上野花園の邸を出て本郷駒込千駄木町57番地(千朶山房)に移った。翌年医学博士となる。

 明治25年1月には、本郷駒込千駄木21番地(団子坂上)の見晴らしのよい土地を求め、元旗本屋敷を移して、父母、 ・・・

【残り 1051文字】



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