【千葉魂】 美馬の背番号「15」 亡き母へ想い 誕生日1月5日入団時に即決

昨年12月の入団会見で、背番号「15」のユニホームを着てポーズをとる千葉ロッテ・美馬=千葉市美浜区
昨年12月の入団会見で、背番号「15」のユニホームを着てポーズをとる千葉ロッテ・美馬=千葉市美浜区

 背番号「15」。フリーエージェント(FA)でマリーンズの一員に加わった美馬学投手はイーグルス時代と同じ番号を背負っている。入団の際に球団から複数の番号を提示された中で、躊躇(ちゅうちょ)なくこの番号を選んだ。美馬にとって大事な数字だった。

 「亡くなった母の誕生日が1月5日。イーグルスの時に闘病中だった母に元気を出してもらいたいという想(おも)いで、背番号『31』から『15』に変更させてもらった。またこうやってこの思い入れのある番号をつけることができてうれしいです」

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 兄、姉の3人兄妹の末っ子だった美馬。「本当に可愛がってもらった」と振り返り、「人を引きつける人。母のところに人が集まっている印象があった。みんなに愛されていた」とありし日の姿を思い出す。そんな母にがんが見つかったのは2013年。美馬は1軍の舞台で投げることで勇気づける。そんな日々を続けていた。

 「野球をよく見に来てくれた。それが生きがいだった。自分が投げることを楽しみに闘病生活をしていた。『また野球場に見に行きたいから頑張る』と言ってくれていた」

 この年、美馬は6勝5敗。チームはリーグ優勝を果たし、クライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージでは完封勝利を挙げた。忘れもしないのは本拠地Kスタ宮城(当時)で先発を任されたジャイアンツとの日本シリーズ第7戦。球場入りする際に携帯が鳴った。母からだった。退院したとの報告を受け「応援しているからね。頑張ってね」と言われた。今でもその時の声が鮮明に記憶に残っている。月日がたった今でも、その出来事が脳裏から離れない。美馬は6回1安打無失点でイーグルスは日本一に輝いた。

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 母はその後も入退院を繰り返した。そんな母へのメッセージに、と17年オフに背番号「31」から「15」に変更した。1月5日生まれの母への想いは残念ながら届くことなくこの年の12月に息を引き取った。61歳だった。最後に観戦をしたのは17年9月19日のKoboパーク宮城(当時)のファイターズ戦。美馬の誕生日であり、自身初の2桁勝利を挙げた日となった。

 「プロ野球において、なかなか意味のある番号をつけてプレーをすることは、できるものではない。その中でこの番号を頂けたことはうれしい。マリーンズに配慮をしていただきうれしかったです。支えてほしいというよりは、母には、いつも見ていてほしい。そう思います」

 ZOZOマリンスタジアムでの練習後、美馬は汗を拭いながら空を見上げた。「応援しているからね。頑張ってね」。海風と共に、あの時の声が聞こえてくるような気がした。思えばプロ入り初完封勝利を挙げたのはこの場所。16年3月30日の事だ。あの日も母は試合を生観戦し誰よりも喜んでくれた。背番号「15」。大事な番号を背に新天地で美馬が翔(かけ)る。

(千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)



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