【記者コラム】海水が大河を逆流―。中国・杭州で見た天下の奇観「海嘯(かいしょう)」 自然の力、厳粛な気持ちに

記者会見場のエンブレム、海嘯と陸上競技のトラック、Wi―Fiのマークなどをイメージした=9月29日、杭州(共同=井上将志撮影)

 【杭州】迷った末の決断だった。杭州アジア大会6日目の9月28日。中国浙江省の大河、銭塘江(せんとうこう)で海水が高波となって逆流する「海嘯(かいしょう)」を見学するツアーに参加した。仲間の記者やカメラマンが競技の取材で忙しいさなかに気が引けたが、このコラムを書くことを言い訳に世界的に知られる「天下の奇観」を見に出かけた。(共同通信・小林伸輔)

 ツアーは大会組織委員会が企画し、内外メディアの約40人が参加した。午前9時にメインプレスセンターに集合し、小一時間かけて河口に近い観覧地点へバスで移動した。

 海嘯は大潮の日の満潮時に、河口に入る潮の流れが波となって押し寄せる現象で、世界でもブラジルのアマゾン川、英国のセバーン川、フランスのガロンヌ川など限られた場所でしか起きない。

 銭塘江では中秋節と重なるこの時期の潮が古来名高く、月餅を食べながら見物する伝統があるという。宋の時代の文豪として知られる蘇軾が詩に詠むなど、中国の古典文学にも数多く登場する。

 気付きにくいが、杭州アジア大会のエンブレムはこの海嘯がモチーフだ。地元の人々にとっていかに身近で、誰もが誇りに思っているかが分かる。

 2階建ての観覧施設に到着したのは午前10時半ごろ。この日は11時20分に波がやって来ると知らされ、それまで自由に過ごした。河岸に立って見下ろすと、茶色がかった水の流れは意外に速い。まだ上流から海の方へ流れている。

 見入っていると警備の係員に離れるように注意された。この日は心配なかったが、過去には見物人が潮に流されて死亡する事故が何度か起きている。用心するに越したことはない。

 待っていると一緒に来ていた中国人記者からインタビューを申し込まれた。海嘯に加えて大会の評価、杭州の印象などを聞きたいという。自分も外国人記者が日本をどう見るかを聞いて記事にしたことが何度もある。ここは逆の立場で協力することにした。

 すると次から次にリクエストが来て、あっという間に時間が過ぎた。しまいには中国語で「中秋快楽(中秋おめでとう)」とカメラに向かって言ってほしいと求められ、ノートに書き留めておうむ返しに発音した。

 さあ、いよいよ時間だ。11時20分になると遠くから「ゴー」という地鳴りのような音が聞こえてきた。その音が徐々に大きくなり、下流の水の色が心なしか濃くなったように見えた。

 11時23分。まだ遠いながら白い波頭が肉眼でも確認できる。その約5分後、高さ1メートル弱の波が横一線になって迫ってきた。皆が見入っているのか話し声は途絶え、波の音だけが聞こえる。目の前を通り過ぎると、速度を落とさぬまま川上へと消えていった。川面を見ると、あとを追うように水が上流へ流れていた。

 わずか10分足らずの出来事。あっけないと言えばそれまでだが、自然の力を感じ、何とも厳粛な気持ちになった。


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