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捕虜の遺体「灰にした」 戦争体験者の証言集刊行 鴨川・市民グループ 【戦後75年】

証言集「鴨川の戦争とくらし50人の証言」の監修を務めた篠田隆さん=8月、鴨川市
証言集「鴨川の戦争とくらし50人の証言」の監修を務めた篠田隆さん=8月、鴨川市

 鴨川市の市民グループが、戦争体験者の証言集「鴨川の戦争とくらし50人の証言」を刊行した。5年前の戦後70年に「聞き取りができるのは今がぎりぎり」と調査を開始。旧関東軍防疫給水部(731部隊)の元隊員が捕虜の遺体を「施設で灰にし、まいていた」と証言するなど、貴重な話が集まった。

 「戦争を語り、伝える会in鴨川」の会員で、監修を務めた篠田隆さん(75)は「戦争が普通の人々の生活にどんな影響を与えたか記録したかった」と語る。アンケートや戸別訪問で食事や衣類、学校の様子など日常生活を聞き取り。「空腹でお手玉に入れた大豆を食べ、絵の具までなめた」(終戦時12歳)「姉のランドセルに機銃掃射の弾が当たった」(同8歳)との話が寄せられた。

 満州(現中国東北部)で細菌兵器の開発を進めた731部隊に所属していた男性は「地下の監獄みたいなところに中国人やアメリカ人がいた」と証言。ノミを培養し捕虜にたからせる実験に関わり、亡くなった捕虜は「火葬場のような施設で灰にし、粉になった遺骨はまいていた」という。

 横須賀の海軍工廠(こうしょう)で働いた男性は、爆弾を積み敵艦に体当たりする特攻艇「震洋」の製造に従事した際、「中尉は『機密扱いだ』と、まるで口止めするような気配だった。工場から出られず24時間体制で寝泊まりして造った」と回顧。東京大空襲後に両国駅付近を歩いた男性は「黒焦げになった死体が通りに並んでいた」と話した。

 収録された人のうち、少なくとも5人は本の完成を待たずに亡くなっており、篠田さんは「ご本人に直接手渡せなかったのは悔やまれる。聞き取った者の役割として、一人でも多くの人に証言を広めたい」と話している。1冊2500円で、鴨川市内の書店や同会で購入できる。問い合わせは篠田さん(電話)04(7098)1004。


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