不戦の誓い令和へ 終戦74年戦没者追悼式 千葉県230人参列 「戦争だけはしないで」最高齢94歳笹沼環さん 印西小林小の黒沢兄弟「平和な世界をつくる」

献花補助者を務めた黒沢大翔君(中央)と曽祖父の遺影を持つ弟の優翔君(左)、祖父の小川博之さん(右)。追悼式が終わり平和への思いを新たにした=15日、東京都千代田区の日本武道館
献花補助者を務めた黒沢大翔君(中央)と曽祖父の遺影を持つ弟の優翔君(左)、祖父の小川博之さん(右)。追悼式が終わり平和への思いを新たにした=15日、東京都千代田区の日本武道館
黒沢君の曽祖父、小川覚さん
黒沢君の曽祖父、小川覚さん
千葉県代表で献花に向かう椿さん
千葉県代表で献花に向かう椿さん

 令和となって最初の終戦の日を迎えた15日、東京都千代田区の日本武道館で全国戦没者追悼式が開かれ、千葉県から11~94歳の遺族230人が参列した。戦後74年がたち、年齢を重ねた戦争経験者は「戦争だけはしないで」と声を絞り出し、次代を担う小学生は「平和な世界にする」と力強く語った。出席者は世代を超えて不戦の決意を新たにした。

 松戸市遺族会会長の椿唯司さん(82)は、3度目となる本県の代表献花者を務めた。父の正一さん(享年33)が1945年8月、フィリピン南方沖で攻撃を受け漂流し、何とか帰国したが、翌9月に戦病死した。「み霊に『ありがとう』と伝えた。若い人は分からないだろうが、戦争は人殺しと同じだ」と静かに訴える。

 自身も約30年前にサイパンなどで戦没者の遺骨収集に携わり、ヤシの木に挟まった頭蓋骨を目の当たりにして戦争の悲惨さを痛感した。「戦地で亡くなった方の家族を思うと涙が出る。自分はもう行ける年ではないが、早く遺骨を収集してほしい」と吐露した。

 献花者に花を渡す献花補助者を務めた印西市立小林小6年の黒沢大翔君(11)は、双子の弟の優翔君(11)と、祖父で同市遺族会長の小川博之さん(76)ら家族4人で参列した。

 黒沢君の曽祖父、小川覚さん(享年33)は45年4月にミャンマーで戦死。祖父の博之さんは当時2歳で詳細は分からないが、餓死に近い過酷な状況で亡くなったとみられている。今も遺骨は見つかっておらず、博之さんは約7年前に慰霊のためミャンマーを訪問した。

 「大きくなったらその地を踏んでみたい」という大翔君は「何もかもなくなる恐ろしい戦争は二度と起こしてはいけない」と決意。弟の優翔君は「平和な世の中をつくりたい」と持参した曽祖父の遺影に誓った。博之さんは「令和の時代に平和が続くよう、戦争の悲惨さや平和の尊さをひ孫の世代にも伝えないといけない」と継承する意義を強調した。

 本県の参列者で最高齢の笹沼環さん(94)=松戸市=は、衛生兵だった夫の満さん(享年47)が旧満州の戦地で撃たれ、帰国後に療養中の自宅で亡くなった。2人の子どもを育てた笹沼さんは「残された人は人に言えないような苦労をしている。戦争だけは二度としてもらいたくない。平和な国にして」と切望した。


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