<野田小4女児死亡>前柏児相所長「覚えていない」 重大認識なく引き継ぎ

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 栗原心愛さんが死亡した事件で、心愛さんの一時保護時に県柏児童相談所の所長だった奥野智禎氏(現・県中央児相所長)が12日、千葉日報社の取材に応じた。結果的に心愛さんを救えなかったことから、当時の児相の判断は「間違っていた」と話す一方、親元へ戻ることを黙認した判断プロセスについては「覚えていない」「分からない」を連発。当時の責任者からも児相の対応の詳細が見えてこない状況だ。

 奥野氏は2016年4月から18年3月まで柏児相所長を務めた。心愛さんを一時保護した17年11月から、両親宅に帰したとされる18年3月までの期間が含まれる。

 心愛さんは親族宅での生活を条件に17年12月、一時保護を解除。県側は当初、18年2月28日に児相で開いた援助方針会議で、両親宅に戻すことを決めたとしていたが、野田市側は同26日に親族宅を訪問した児相から翌27日、「自宅に戻ったと思われる」と連絡を受けたと説明している。

 2月28日の会議には「出席していた」とする奥野氏。ただ、自宅に戻っているとの報告を職員から受けたかは「覚えていない」と回答。野田市教委が心愛さんのアンケート回答のコピーを父親の勇一郎容疑者に渡したことや、暴行は「うそ」と父親に書かされたことなどについても、報告されていたかは「思い出せない」と答えた。

 後任の二瓶一嗣現所長への引き継ぎについては「(心愛さんのケースが)重大との認識はなかったので、名前を挙げて引き継いではいないと思う」と話した。

 県が立ち上げる予定の第三者による検証委員会でも、経緯の詳細について「覚えていない」と回答するのかと問うと、「離任以来、柏児相にある情報や書類に触れていない。触れれば『こうだった可能性がある』と答えられるかもしれない」とした。

 心愛さんの死を「まったく予測していなかった。可能性すら見えていなかった。結果的に何か見落としていた」と受け止め、「(児相の)判断は間違っていたと考えなければならない」と話した。