家屋修理は「5年待ち」 人口流出、台風...選択迫られる町 鋸南【千葉「災」の時代に】

台風による暴風で破壊された木村さん宅の小屋=2020年2月23日、鋸南町横根
台風による暴風で破壊された木村さん宅の小屋=2020年2月23日、鋸南町横根

 2019年9月に千葉県を襲った房総半島台風(台風15号)。特に東京湾に面した鋸南町では、屋根や窓ガラスなどが吹き飛ばされる甚大な被害が出た。台風から半年が経過した今でも、多くの家屋にはブルーシートが残り、復興への道のりは果てしなく長い。再建を諦めて町外への転居が相次ぐ中、町に残るのか、離れるのか、町民の心は揺れ動く。未曽有の大災害を経てどう生き抜こうとしているのか、葛藤しながらも前を向く人々に迫った。(館山・鴨川支局 飽本瑛大)

※この連載は房総半島台風(台風15号)から半年の2020年3月、千葉日報本紙とYahoo!ニュースで公開したものを再掲載しました。肩書きや年齢、データなどは掲載当時のものです。

◆土砂と倒木で孤立

台風による暴風で破壊された木村さん宅の小屋=2020年2月23日、鋸南町横根台風による暴風で破壊された木村さん宅の小屋=2020年2月23日、鋸南町横根

 町内全域で被害が広がった昨年9月9日の房総半島台風。山間部の横根地区に家族4人で暮らす木村優美子さん(44)は、聞いたことのない異常な風に恐怖感を覚えた。「ゴオーとうなるような音が響き、トタンがガタンガタンと揺れた。外の木が窓に突き刺さってくるのではと怖かった」

 自宅の横に建てられていた高さ約2メートルほどの小屋は崩壊。左右の生活道路は土砂崩れと倒木でふさがれ、孤立状態になった。停電や断水に加え、通信障害も発生。一瞬にしてすべてのライフラインが遮断された。

 元々、都内で料理店を営んでいた夫・哲詞さん(45)と暮らしていた木村さん。「田舎で子育てをしたい」と移住先を探し、たどり着いたのがこの町だった。「周りに何もなく、手つかずの場所を探していたら鋸南の古民家と出合った。実際住んでみると、蛇や見たことがない大きな虫が出てきて毎日が新鮮。災害が起きるとは考えもしなかった」

 台風直撃後は高校1年の長女と小学5年の次女を都内の実家に避難させ、哲詞さんと2人で復旧作業に着手。小型のソーラーパネルや近くの湧き水などを使って10日間の断水と停電をしのいだ。しかし、生業(なりわい)としていた出張料理人の仕事はすべてキャンセルに。その後の東日本台風(台風19号)の影響もあり、10月下旬まではほぼ無収入の日々が続いた。「一件一件の依頼が収入となり、生活となる仕事。お金のやりくりはきつかった」

◆まるで爆撃のよう

 東京湾からの強い風を受け、町で最も大きな被害を受けた岩井袋地区の海側をさらに進んだ先にある別荘密集地「アルカディア住宅・別荘地」。この地で6年ほど前から暮らす数少ない住民の一人、堀内勇治さん(52)は台風が直撃した当時の様子を「爆撃を受けたようだった」と振り返る。

 「地区にある約40棟のうち半分ほどの屋根が飛んで全壊。跡形もなく壊れた家もあった。風速60メートルってこんなに怖いんだなと」。通信障害や6日間の断水と停電に加え、高波で消波ブロックなどが道をふさぎ、地区は一時“陸の孤島”と化した。

 ただ約40棟のうち、当時居住していたのはわずか3世帯。そのため、支援の手は後回しになった。岩井袋地区へと通じる唯一の生活道路も、その後の東日本台風の高波によって大部分が崩落。道路は修繕されていないため、乗用車1台が通るのがやっとで、大型重機や消防車は入れない。「町は『なるべく直す』と言うが、5カ月過ぎて何も変わっていない。今は住民が2人しかいないからしょうがないけど…」

台風で破壊されたまま放置された別荘=2019年9月22日、鋸南町下佐久間台風で破壊されたまま放置された別荘=2019年9月22日、鋸南町下佐久間

◆家屋修理5年待ち

 未曽有の大災害から半年。いまだ町の復旧が進まぬ中、刻一刻と台風の時期がさし迫っている。堀内さんは、壊滅状態のまま放置された地区を見渡しながら、現在の町の状況に警鐘を鳴らす。「早ければ6月ごろにまた新たな台風が来る。あと3カ月しかない。壊れたままの家はどうするのか…。このままではだめだという危機感はある」

 堀内さんが暮らす地区のように、台風から半年が過ぎても町中は多くのブルーシートで覆われている。町の7割ほどに当たる約2千戸の住宅が何らかの被害を受けているため、数少ない町内の工務店には依頼が殺到。人手不足で修理が追いつかない現状は今なお続いている。

 町復興支援室によると、ある工務店が受けた修理依頼約300件のうち、修理がすべて完了したのは10~20件程度。別の工務店でも約150件のうちわずか3件しか終わっていない。すべての家の修理を終えるには「少なくとも5年以上かかる」と町担当者。終わりの見えない深刻な状態が続いている。

多くの地域住民がブルーシートに覆われた家で年越しを迎えた=2019年12月30日、鋸南町岩井袋多くの地域住民がブルーシートに覆われた家で年越しを迎えた=2019年12月30日、鋸南町岩井袋

 復旧が遅れる理由はほかにもある。町には他県から来る修理業者も多いが、町担当者は「特に高齢者は地元の大工との縁があり、県外の業者には頼まないケースが多い。行政として他県の業者を宣伝するわけにもいかず、歯がゆさもある」と話す。

 また、町は高齢化率が46・8%と県内で2番目に高い上に1人暮らしが多く、手厚い国や県の支援があるとはいえ、高額な修理費用が生活に重くのしかかる。「全壊にまでなると支援が手厚く、再建も早い一方、半壊や一部損壊は自己負担分が多く、直すにしても業者不足。災害の規模によって格差が生じている。中には『死ぬまでブルーシートでいい』と諦めている人もいる」と担当者。

 復興復旧が進まぬ中、「再建を諦める」選択をした住民は少なくない。堀内さんは、台風後に町を出て行く高齢者を何人も見てきた。

 「台風後、この地区の住民が1世帯引っ越した。家は壊れて住めないし、タイミング悪く奥さんが病気になったらしい。となりの岩井袋に住んでいた高齢者も3~4世帯は出た。年も年だし、家を直すよりもどこかに引っ越した方がいいという決断だったのだろう」

 木村さんの周りにも葛藤する人々が出てきているという。「海沿いの勝山地区の友人は台風で借家が住めなくなった。今は別の家に仮住まいしているけど、家をどうしようか悩んでいる。家が半壊しているのに骨を埋める気のおじいさん、おばあさんもいると聞く」

散乱する大量の災害ごみを片付けるボランティアら=2019年9月19日、鋸南町竜島散乱する大量の災害ごみを片付けるボランティアら=2019年9月19日、鋸南町竜島

 町税務住民課によると、昨年9月から今年1月までに66世帯131人が転出。特に12月は前年に比べ3倍以上の人口が流出した。高い高齢化率や財政調整基金の大幅減、災害による人口流出など複数の要因が重なり、近隣市町からは「鋸南はやっていけるのか」と町の将来を不安視する声も上がるが、白石治和町長は「元々117億円あった町の借金は40億円ほどまでに減っている。楽観視はできないが、低空飛行で町を立て直し、試練をはね返したい」と前を向く。

◆生活する価値

自宅2階から町を眺める堀内さん自宅2階から町を眺める堀内さん

 町外への転出か、慣れ親しんだ地にとどまるのか-。大災害から半年が過ぎ、住民の選択は大きく揺れる。海沿いの別荘地に暮らす堀内さんは「毎年同じような台風が来るようならば、引っ越そうかな。素敵な環境だけど…」と複雑な胸中を語る。

 都内の上場企業で働いていたが、都会の喧噪(けんそう)を逃れようと約20年前に退職。オーシャンビューの別荘を購入し、猫2匹と一緒に暮らし続けてきた。「景色も良くて住民も優しくて、こんな楽園はないと思った。ついのすみかにするつもりだった」

 今は台風から半年が過ぎても一向に復興が進まぬ現状にもどかしさを感じ、転居も視野に入れるようになった。「町役場のできることには限界がある。これから大型の台風が来るたびに電気が止まり、家が壊れるのかと思うと気がめいる。ここで生活する価値はあるのか…。景色がいいからといって、原始的な生活はできない。葛藤はかなりある」

11年前から鋸南町の山間部で暮らす木村さん。「生活は大変だが、不便だと思ったことは一度もない」と話す11年前から鋸南町の山間部で暮らす木村さん。「生活は大変だが、不便だと思ったことは一度もない」と話す

 山間部で暮らす木村さんの自宅は幸い、生活に関わる大きな被害はなかった。ただ、本人は「たとえ家がなくなっても、町に住み続けたい」と目を輝かせる。

 3歳から13歳までイタリア・ミラノの田舎町に住み続け、いつしか田舎暮らしに憧れを抱くように。子どもが生まれ、都会暮らしに限界を感じ始めた時、ふと訪れた鴨川の景色と田舎のゆっくりとした時間の流れに魅力を感じ、鋸南町に移住。そこで、地元住民の温かさに触れた。「東京から小さい子どもを連れて突然移住してきたのに、地元の人がすごく優しくて。いつも声をかけたりして気にかけてくれてありがたかった」

 核家族化や少子化が進み、住民同士のつながりが希薄になりつつある現代において、地域の絆は貴重な“宝”となり得る。「孤独な生活は本当につらい。鋸南は地元の人たちが頻繁に声をかけてくれて、災害の時もすごく力になった。だからこそ、これからもこの町で暮らしていきたい」。どこまでも広がる自然と色付き始めた春の花々を眺め、力強く言い放った。

※この記事は千葉日報とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。


  • LINEで送る