川上の偉業、後世に 始祖の碑に説明板 特産の梨、シーズン到来 市川の若手農業者

市農業青少年クラブが遺徳碑の横に設置した説明板=市川市八幡4の葛飾八幡宮
市農業青少年クラブが遺徳碑の横に設置した説明板=市川市八幡4の葛飾八幡宮

 特産の梨の出荷が始まるのを前に、市川市内の若手農業者で構成する市農業青少年クラブが、同市で一番最初に梨栽培を始めた川上善六の偉業を後世に伝えようと、同市の葛飾八幡宮境内の遺徳碑の横に説明板を設置し、除幕式を行った。

 川上は1742年、当時の八幡村の農家に生まれ、1770年に梨栽培を開始。当初は栽培がうまくいかず、美濃の国(岐阜県)まで足を運んで良種の接ぎ穂を持ち帰り、寺の境内で栽培を本格化させたのを機に、周辺で梨栽培が盛んになったとされる。

 こうした川上の偉業を伝えるため、大正時代に農家の寄付で建てられた遺徳碑が、今も同寺の境内に残っている。ただ、漢文で判読が難しいため、誰でも読める説明板を設置した。市教委が1979年に設置した説明板があったが、老朽化により2010年に撤去されていた。


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