房総の海女 貴重な文化存続を 【千葉地理学会連載 おもしろ半島ちばの地理再発見】

 房総の海女(あま)は、三重県志摩地方、石川県能登地方と並んで「日本の三大海女」として知られていました。房総の中でも外房の御宿と南房総市白浜は代表的な地域で観光面でも有名でした。

 海女漁は、主に春から夏の一定期間に解禁となったアワビやサザエ、海藻などの磯物を素潜りで捕獲する沿岸漁業の一つです。寒さに耐える身体的能力が高い女性を主体に行われていますが、「海士」と記載される男性のあまもいます。

 水圧に負けない呼吸法が特徴で、一度に1分~1分半潜るそうです。1日の操業時間は、春で1~1時間半、夏で2~3時間程度で、必然的に量が限られるため、資源の保護にもつながります。半農半漁のケースが多いですが、アワビやサザエは単価が高いため、現金収入は多いと言えます。

 全国の海女の数については、2010(平成22)年に三重県鳥羽市にある「海の博物館」が、全国規模で調査しました。これによると全国の海女の数は2174人で、三重県が973人で全国の45%を占めています。次いで石川県が197人、千葉県が158人(白浜140人、御宿10人、千倉8人)となっています。

 しかし、水産庁が1978(昭和53)年に実施した調査では26都道府県で9134人の海女がいました。30年間で4分の1以下に激減していることになります。

 2010年の調査は、過去に海女がいた31都道府県にアンケートを行い調べたものです。1978年以降、8都府県で海女がゼロになり、18道県に減りました。

 現在、南房総の白浜には、男海士も含め約400人の「あま」がいるとされていますが、高齢化が進んでいます。白浜と並ぶ海女のまちとして知られた御宿では、海女は一人もいなくなりました。

 今後、ますます海女が減少していくことが心配されています。海女漁は、漁業としての面だけではなく、海女小屋、磯笛、海女道など漁に伴う独自の海女文化があります。

 海女がいなくなった御宿では、地元の酒造家で郷土写真家であった岩瀬禎之(よしゆき)さんが、海女漁が盛んだった30年代から60年代頃まで撮影した写真を収めた『海女の群像』という写真集も出ています。最盛期は岩和田を中心に約400名の海女がいたころの海女漁の様子や生活ぶりが生き生きと描かれた貴重な記録です。また、御宿町歴史民俗資料館では、海女に関する漁具や資料をみることができます。

 一方、海女漁が行われている白浜では、毎年7月中旬の土日の夜に海女約100名が松明を持って泳ぐ幻想的なイベント「海女の大夜泳」で知られる海女祭りが行われています。2019年は第55回を迎え、7月13~15日に開かれました。

 世界でも日本と韓国しか海女はいないとされています。貴重な海洋文化でもある海女が今後も長く続いていくことを願います。

(長生高校・関信夫)


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