本の贈り物

■プロフィール
藤原あずみ イラストレーター。1958年長野県安曇野市生まれ。佐倉市在住。主な作品は「野あそびいっぱい 植物編」(萌文社、中山康夫著)、「お話とあそぼう」(一声社、末吉正子著)など。「第18回小さな童話大賞 山本容子賞」、「第9回ミツバチ絵本コンクール佳作」、「第48回千葉文学賞」など受賞。


「希望」 『テレジンの小さな画家たち』

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 遊びに来た三歳の孫が、抽斗からコピー用紙を取り出しては、何か描いている。文字に興味を持ち始めたばかりなので、それは字なのだが、個性的なバランスのせいで絵のようにも見える。飼い猫の「しろ」と「くろ」の名前が書いてあり、文字の上には大きな目玉がぐるぐると四個光っている。二匹の猫が体を丸めてこちらを覗っているような、存在感のある絵文字である。

 心と手と紙が一体になって、言葉を発しながら絵を描く幼児の姿。見ているこちらの気分も踊る。うまく描こうとか、形に忠実であろうとか考えない分、実に楽しそうだ。

 習志野に住んでいた頃、自宅で三年ほど、子どもの絵の教室を開いていた。通わせる親御さんの思いは二通りに分かれた。「絵が下手なのでうまく描けるようにして欲しい」「絵が好きなので上達させて欲しい」。下手と言われた子は、下手なのではなく自信がないだけだった。幼児の絵には、上手下手の区別はない。子供の心がそこに映し出されているだけ。自信のない子には、粘土やフィンガーペインティングで思い切り心を解放させてから画用紙を渡すと、見違えるように大胆な線を描いた。

 絵は心を映す。そしてまた、心を癒す。好きな画材を使って、自由に絵を描けるのは幸せなことだ。紙がなくても、土の上にも、空気にも、心の中にだって絵は描ける。

 表現することを禁じられた場所で、密かに描かれた子供たちの絵がある。描かれているのは、生きることへのまっすぐな希望。その希望が果たされなかったことを知っているだけに、どの絵も心に食い込んで痛い。

 『テレジンの小さな画家たち』には、第二次世界大戦の最中、チェコスロバキアのテレジン収容所に捕えられていた子供たちの絵が紹介されている。テレジンには、一万五千人ものユダヤ人の子供たちが、空腹、厳しい労働、死への恐怖と闘いながら暮らしていた。

 四十四歳の女流画家、フリードル・ディッカー・ブランディス。彼女は、亡命のパスポートを断って、テレジン収容所に行く。そして、見つかれば死刑になるのを覚悟で、子供たちに絵を教えた。ナチスがユダヤ人の子供たちから奪おうとしたものは「人間としての誇り」「周りの人を思いやる優しさ」「小さな花にも目をとめる感受性」。人間以下の存在に落とされそうになった子供たちに、人間として大切なものを蘇らせようと、フリードル先生は必死だった。......

 【メモ】「テレジンの小さな画家たち」野村路子・偕成社

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