本の贈り物

■プロフィール
藤原あずみ イラストレーター。1958年長野県安曇野市生まれ。佐倉市在住。主な作品は「野あそびいっぱい 植物編」(萌文社、中山康夫著)、「お話とあそぼう」(一声社、末吉正子著)など。「第18回小さな童話大賞 山本容子賞」、「第9回ミツバチ絵本コンクール佳作」、「第48回千葉文学賞」など受賞。


「心の自立」 『三枚のお札』

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 男の子二人の育児に奮闘中の娘に、松井友さんの著書『昔話とこころの自立』を送った。「三枚のお札の話が面白かった」と早速、感想が届いた。『三枚のお札』は、小僧さんが山姥から逃げる昔話。この話には、息子(小僧さん)を取り込もうとする母親(山姥)から、息子が自立を果たすという深いテーマがある。小僧さんは、和尚さんからもらった三枚のお札を使って、大きな山、大きな川(お話によっては火の海)を出現させ、山姥の魔の手から逃れようとする。山姥は「なんだ、こんな山、こんな川」と必死で追いかける。

 幼児を食らう鬼子母が、幼児を守る訶梨帝母に変わるように、母性は化ける。母親の愛は強く深く、高い山や、深い川、火の海さえ乗り越えて子を守ろうとするかと思えば、逆に取り込もうともする。子殺し、親殺しのニュースを耳にする度、この昔話を思い出す。自立を果たせなかった子と親の煮詰まった関係が見えてくる。親からの自立とは、縁を断ち切ると言うような冷えたものではない。「心の自立」を果たすこと。動物は潔い子別れ、親別れを果たせるのに、人の場合はなんと難しいことか--業が深すぎるからだろうか。

 私は三十代半ばで佐倉市に転居し、人形劇団「おはなしきゃらばん」に入った。稽古の前にはいつも、仲間と昔話の研究会をした。テキストに使ったベッテルハイムの『昔話の魔力』や河合隼雄の『昔話の深層』には、随分心を揺さぶられた。子育ては頭でするものではない。本を読んでも、現実での失敗は多かった。だが、昔話の知恵は、黄信号のように、私をしばしば立ち止まらせてくれた。「今、母親から山姥に化けてはいないか?」と。

 運がいいことに、好きなことをして飛び回っていたから過干渉にはならずに済んだし、好きなことが絵本や人形劇だったから、我が子と時間も共有できた。だが、心の中にある母性の二面性は、子育てが終わった今も時々、私を脅かす。自分の中にいる「山姥」を意識する。心配のあまり口出しをしたり、余計な気働きをする時など、「これは愛情に似た抱え込みではないか」とふと思うことが。

 息子が中学一年の時の担任の先生が文集に記してくれた言葉が印象的で、今も心に残っている。「親は三つのカンショウをする」鑑賞(子を楽しむ)・干渉(社会に出す為のチェック)・感傷(子別れの哀しみ)。このうち、二番目の干渉の解釈がいいなと思った。社会へ出しても恥ずかしくない人にする為の製品チェックのようなものだと思えば、闇雲に子を叱るのではなく、叱り方の基準も定まってくる。......

 【メモ】「三枚のお札」梶山俊夫・福音館書

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