繊細な観察眼と表現力 久賀田洋子エッセイ集 「花も実もあり」

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 人の心には、さまざまな思いが浮かび、そして消えていく。時には喜び、時には悩み、絶望があれば、希望もある。平凡で何げない日常の中でも、泣いたり笑ったりと、心のひだにそれぞれの思いが刻まれていく。そこに過去と未来が交錯する。

 四街道市に住む元高校教諭で、ごく普通の主婦が日常生活の中でつづったエッセイ集。庭に咲く花々の風情、茶の間に聞こえてくる小鳥のさえずり、旅先での非日常の驚き、テレビや新聞で読む社会情勢への憤り、そしてはるかに遠い過去の思い出。日々思い浮かんだこうした自然観察や心のひだが克明に書きつづられている。

 文章を書くことは、得手不得手はあっても誰にでもできるはずだ。「読みやすい楽しい文章や、矛盾のないものを書きたいと願うようになった。書くことに逡巡(しゅんじゅん)したり、恥ずかしいという思いも生まれた。そして、いまだ私は五里霧中にいる」と、著者はあとがきで告白している。しかし、その文章は、告白とは裏腹に実に練達している。流れるような美しい文章で、女性らしい繊細な観察眼と表現力が特徴だ。

 エッセイは、庭先の自然や人間観察を書くことから始めているが、最後には懐かしい遠い日々の思い出をつづるところに落着している。やはり、人の心の最も奥底に潜むひだは、幼い日々への回帰ではないか。

 著者の言うように、誰でも文章をつづっていると、最後には「自分でも忘れかけていた遠い過去。両親の懐に守られていた幼い日、意識の奥深くしまっていた悲喜こもごも。それらが現像液の中で、少しずつ現れてくる写真のように記憶の底からよみがえってくる」に違いない。

 これは自分史ではないと言いながら、本書には図らずも著者の生い立ちと強い個性が現れている。これからも心のひだをこじ開けて、深く記憶の底に分け入ることで、人間の本質を探索するという、もう一歩の文学の深淵に踏み込んでもらいたい。(千葉日報社・1500円)