たゆまぬたたかいの軌跡 「百姓の主張-訴訟と和解の江戸時代-」(渡辺尚志著)

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 農村の変ぼうが指摘されるようになって久しい。最近では「限界集落」などと言う言葉さえ普通に使われている。

 そんな村の原風景とも言える江戸時代の村落を研究する渡辺尚志氏が、上総国長柄郡北塚村(現在の茂原市北塚)を舞台にした著書を発表された。

 房総の一農村を対象としながら、一般市民が江戸時代の普通の村を知るための格好の案内書ともなっている。例えば、石高、田畑の面積、さまざまな税、村入用、村請制度など、江戸時代の村の基本をさりげなく理解できるような工夫が各所に見られる。

 本書の内容は、江戸時代の北塚村で起こった3次にわたる村方騒動(村内の紛争)と1回の百姓一揆についてで、古文書を使いながら、現代語に訳し、たいへんわかりやすい。

 「神は細部に宿る」という言葉を引用しているが、騒動に関係した百姓一人一人の発言や行動を実に丹念に追い、読者はまるで歴史小説、時代小説を読んでいるかのような錯覚に陥るかもしれない。しかし、これはフィクションではない。

 著者は、「はじめに」で次のように述べる。「百姓たちのたゆまぬたたかいによって江戸時代の社会は変化していったのであり、その軌跡を具体的な村の現場から描くことが本書のメインテーマです。歴史の歯車は、自己主張し、たたかう百姓たちのエネルギーによって回されました。型にはまった百姓像を、本書がいくらかでも転換させることができればこれに過ぎる喜びはありません」。渡辺氏の心意気である。

 「寒かった江戸時代と飢饉の脅威」「百姓と武士のあいだ」「江戸時代人の宗教観」などのコラムも興味深い。江戸時代や古文書に関心がある人にはもちろんだが、読み仮名も多く付けられ、初心者にも配慮されており、ぜひおすすめしたい。

 著者は松戸市在住の一橋大学大学院社会学研究科教授。調査・研究地域は全国に及ぶが、房総の江戸時代の村に触れた市民向けの著書には、他にも『遠くて近い江戸の村』(崙書房出版)、『百姓の力-江戸時代から見える日本-』(柏書房)、『百姓たちの江戸時代』(ちくまプリマー新書)などがある。(筑紫敏夫・千葉県立中央博物館自然誌歴史研究部主席研究員)(柏書房・2310円)