忠臣・道灌を尊敬 南総里見八犬伝(16)

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 享徳の乱や長尾景春の乱などを通し、扇谷(おおぎがやつ)上杉氏の臣として戦い抜いた忠臣・太田道灌(どうかん)は、古河公方・成氏(しげうじ)と、幕府から派遣された堀越公方との間に和睦が成立した後は、主君・扇谷上杉定正(さだまさ)にうとまれ、蟄居を命ぜられたのち亡くなります(暗殺か?)。道灌が死去するのは文明十八年(1486年)七月のことです。

 道灌は八犬士にとっては敵役ですが、馬琴は道灌に最大の敬意を払っています。山内上杉顕定(あきさだ)・扇谷上杉定正や、古河公方(成氏ははじめ八犬士の味方だが幕府との和睦後は八犬士の敵となる)や、千葉自胤(よりたね)、武田氏らの連合軍と、里見軍が水陸での最後の決戦に挑むその日の設定をみて下さい。

 潮の流れを変えることのできる「甕襲(みかそ)の玉」をもつゝ大(ちゅだい)和尚は、決戦日を文明十八年十二月八日と決定し、八犬士たちは水陸から同日に攻め込み大勝利を得ます。

 決戦の日には道灌がすでに亡くなっていることに注目して下さい。霊玉に導かれた天下無双の八犬士ですが、忠臣・道灌が守っているうちはさすがに破ることはできず、亡くなってから初めて破る力を得る話となっています。

 馬琴が道灌に、忠臣の鏡として敬意を払っている場面をもう一つ見ることができます。それは最後の決戦の火蓋が切られ、扇谷定正の命が危うくなったとき、救うために道灌の子・巨田助友が登場する場面です。(物語では太田ではなく巨田)このとき道灌はすでに亡くなっていますが、忠誠心の篤い道灌は、それでもなお助友を遣わせて主君・定正を救わせるのです。

 同じく忠臣として、物語に描かれている人物が河鯉守如(かわこいもりゆき)とその子・河鯉孝嗣(たかつぐ・架空の人物)。『八犬伝』で守如は道灌と同じように扇谷定正の命を救い、孝嗣も忠臣として仕えますが、定正に命を狙われ、八犬士に助けられます。

 孝嗣は定正の家臣であることを捨て、政木大全(まさきだいぜん)と名を改めて里見家に仕えることになります。ここで孝嗣の苗字・河鯉に「鯉」の文字が入っていることが、里見家との繋がりをほのめかしていたことが分かります。鯉は「魚」へんに里見の「里」を書くところから里見に従う魚なのです。

 政木大全とは、物語のあとの時代ですが、安房里見の家老として代々名高い正木大膳亮(まさきだいぜんのすけ・正木時茂)の名を用いたもの。時茂の名は里見四代実堯(さねたか)の頃から登場し、特に国府台合戦で功労した正木大膳亮は有名です。正木氏の出自ははっきりしませんが里見氏と婚姻関係にあります。