2020夏季千葉県高等学校野球大会 あの瞬間を捉えた写真も多数

【千葉魂】悪夢のデビュー戦原点に 小島、悔しさ糧に成長

先発ローテーションの一角として安定している小島=ZOZOマリン
先発ローテーションの一角として安定している小島=ZOZOマリン

 悔し涙が若者を支えている。今季、開幕から1軍ローテーションに定着している小島和哉投手のプロデビューはまさに悪夢だった。昨年4月4日のメットライフドームでの埼玉西武戦。プロ初登板が先発。大役を任され意気揚々とマウンドに上がったルーキーはいきなり鼻をへし折られることになる。

 「2軍戦で状態は良くてある程度、いけるイメージはあった。今思うと甘かった」と小島はあの日を振り返った。

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 先頭を三ゴロに打ち取り、1アウト。上々の立ち上がりだったが勝負の世界において一寸先は闇だ。一転、地獄に落ちた。2番源田壮亮内野手の三塁へのボテボテの当たりが内野安打となると平常心を失う。目の前で打席に立っているのはテレビで見ていた憧れのスター選手ばかり。ストライクが入らない。秋山翔吾外野手、山川穂高内野手に連続四球で満塁。そして5番の森友哉捕手に右中間を割られる走者一掃の三塁打を浴び3失点。その後も1点を失う。初回4失点。しかしこれだけでは終わらない。二回も4失点。結局、2回を投げて被安打7、4四球、8失点でマウンドを降りる。

 「めちゃくちゃ緊張をして、マウンドでどうしていいか分からなくなった。今までの野球人生でこんなに打たれたことはなかったと思う。プロの厳しさを改めて感じた」と小島。

 浦和学院高出身。地元埼玉での試合とあって両親も含めて多数の知人が応援に来てくれていた。しかしマウンドでの雄姿を見せることなくトボトボと肩を落としながらベンチに下がった。「親も見ていて、きっとつらかっただろうなあと思います」。あの時、スタンドで見守ってくれていた両親の心境を考えると今でも胸が痛くなる。試合後、寮の自室に戻ると悔しさがこみあげてきた。涙が止まらない。一晩、枕を濡らした。ただ、この悔し涙を忘れないと誓った。だから次の日から徹底的に自分を見つめ直した。2軍落ち後は2軍投手コーチたちに指示を仰ぎながら自分の投球を見つめ直す作業を始めた。

 「あの試合の映像は二度と見たくはないほど嫌な思い出ですが10回以上は見ました。見ないと前に進まない。何が悪かったのか、どこが課題なのか。必死に考えた」(小島)

 武器となるボールはストレート、カットボール、チェンジアップ。中でも伝家の宝刀チェンジアップがストライクゾーンに入らない、もしくは打者が振ってくれないと勝負にならない。勝負球の精度を上げることに注力した。そしてクイックなど細かい部分を徹底する作業も繰り返した。2軍落ちする際に吉井理人投手コーチから「下で投げている姿はしっかりと見ているから頑張れ」と言葉を掛けられたことも励みとなった。この年の8月14日の北海道日本ハム戦(東京D)でプロ初勝利を挙げると3勝。そして今季は開幕からずっとローテの一角としてチームの勝利に貢献している。

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 人生において何が幸運につながっているかは分からない。小島が「あの試合はとんでもない試合。地獄すぎる」と言う屈辱のデビュー戦だが「でも、めちゃくちゃ原点です。あの試合がなかったら今はない」と今もその時、感じた想(おも)いを大切にし、それがステップアップのキッカケとなった。思えば、あの日から野球ノートもつけるようになった。登板後に必ずその試合の反省点、良かった点、課題など想った事を明記する。そして次回登板まで改善点をもとにどのように過ごすかを明確化させる。「時間を無駄にしたくない。日々、成長したいので」と小島。これもまた1年目に味わった悔しさが原点にある。人は成功体験からではなく悔しさ、つらい想いを糧にして成長していく。背番号「43」はこれからもいつまでも、あの日、頬を伝った涙の感触を忘れずにマウンドに上がる。

(千葉ロッテマリーンズ広報・梶原紀章)



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