【千葉魂】日本を愛する男ブランドン 仲間思いの左腕、念願の再来日

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6月12日のDeNA戦で古巣相手に1回無失点と好投したブランドン=ZOZOマリン
6月12日のDeNA戦で古巣相手に1回無失点と好投したブランドン=ZOZOマリン

 特別な想(おも)いでマウンドに上がった。ブランドン・マン投手は6月11日の横浜DeNA戦で三番手として登場した。1回を投げて打者3人、無失点。古巣相手に見事な投球を披露。翌12日も1回を無失点に抑えた。

 「知っている選手が沢山いる。こうやってまた日本に戻ってきて、思い出深いチームと対戦できたことはとても良かった。成長した部分を見せることが出来たかなと思う」

 登板後、ブランドンは感慨深げに振り返った。2011年と12年のベイスターズ時代は2年間通算28試合に登板をして3勝9敗で防御率4・27と結果を残すことが出来なかった。ただ日本で過ごした日々は濃く忘れられないものだった。2軍調整の時は横須賀で黙々と汗を流し、若手選手たちと語り合った。出来る限り、通訳を使わずに覚えた日本語を駆使した。その時に仲良くなった選手の一人が国吉佑樹投手だった。

 三塁側ブルペンで待機し、元チームメートの投球を見ていた国吉はブランドンの思い出を語ってくれた。

 「同じポジションだったこともあり、ファームの時に同じ時間を過ごす事が多かったです。いつの間にか、よく話す仲になっていました。ブランドンの家に遊びに行ったり、自分が横浜の街を紹介したりするなど、球場以外のプライベートでも一緒に過ごしました。日本語を勉強したり、平仮名を使ったりするなど、すごく前向きで積極的な性格。そういう性格だから誰とでも仲良くなれるのだと思います」

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 帰国後も交遊は続いていた。ブランドンは日本で覚えた平仮名を駆使してメールのやりとりを繰り返した。ベイスターズの試合状況もチェックし、国吉ら仲間たちの活躍を喜んだ。そして自身もいつかまた日本でプレーをしたいという想いを口にしていた。レンジャーズ時代の昨年5月13日にはヒューストンでのアストローズ戦で中継ぎとしてメジャーデビュー。33歳でのデビューはメジャー最近25年間ではアメリカ人の中でもっとも遅いデビューとなり話題となった。その時も日本での経験が生きた。

 「日本で初勝利を挙げた11年10月の巨人戦のことを思い出しながら投げたんだ。あの時の東京ドームも満員で活気にあふれていた。その経験を思い出しながら自分は今、あの時と同じように東京ドームで投げていると考えながら投げるようにした。すると不思議と落ち着いた」とブランドン。

 1回2/3を投げて無失点。この日は母の日だったこともあり、応援する母に最高のプレゼントとなった。そしてこの年の活躍がマリーンズの目に留まり、再び日本の地を踏んだ。

 試合のなかった6月10日の月曜日には同じくベイスターズで同じ時に在籍し励まし合ったチェン・グァンユウ投手らと食事会を開いた。焼き肉を食べながら、横須賀で夢を語り合った日々を懐かしんだ。「当時の思い出話を中心に盛り上がりました。ブランドンが日本に戻って来られて、またみんなで会えて嬉しいねと話しました」と国吉は嬉しそうに語ってくれた。6月13日の同カード3戦目は国吉が五番手として登板をして1回を打者3人で抑えた。その姿を今度はブランドンが一塁側ブルペンから見守っていた。

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 6月26日には日本で第1子となる長女が生まれた。「大好きな国で子供を産むことが出来て本当に嬉しい」とブランドン。宝石のように輝いて欲しいと「ジュエル」と名付けた。現在は2軍で調整中だが、マリーンズにとっては長いイニングを投げることの出来る貴重な左腕。大好きな日本で愛する家族と大好きな仲間たちの前でもっともっと活躍する姿を見せる。

(千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)