無党派層は、眠るか目覚めるか 筆者顔

東京都生まれ。1992年に入社し、和歌山支局、神戸支局、大阪社会部を経て2002年から政治部。神戸では阪神大震災、大阪では毒物カレー事件やえひめ丸事故を取材し、09年赴任の米ワシントン支局では国防総省を担当した。平河キャップ、官邸キャップ、政治部デスク、副部長を務め21年から現職。趣味はお菓子作り、ゴルフは下手の横好き。

 参院選で一票を投じる前に、思い出さなければならない数字がある。48・8%。前回2019年参院選の投票率だ。過去2番目の低さで、50%を切ったのは2回目となった。当時の安倍政権は勝利宣言したが、投票所に足を向けなかった人々を勘案すれば胸を張って「信任を得た」とは言い難い。あれから3年。岸田文雄首相の中間評価となる夏の決戦で、日本の民主主義の問題として注目すべきは勝敗や議席数だけでない。投票率がもう一つの焦点だ。

 ▽勘違い

 「皆さん、怒りましょうよ」。立憲民主党の泉健太代表は公示日の街頭演説で呼びかけた。選挙戦が熱気を欠く状況への焦りの裏返しだ。昨年10月の衆院選は投票率55・9%で戦後3番目の低さ。参院選の前哨戦とされた今年4月の参院石川補選も投票率は29・9%。政治離れの流れは特に若者の間に顕著と言わざるを得ない。

 一方、岸田首相は5月末、自民党学生部を前に、こう述べた。「最近の国政選挙においては10代、20代の自民党支持率が大変高い一方で、投票率が低い。要は若い人たちの投票率を上げることが自民党に大きな力をいただくことになる」

 この首相発言には若干の「勘違い」が含まれる。若年層の投票率が低いのは事実だが、共同通信の5月に世論調査によると岸田政権では自民党支持率は若年層(39%)よりも中年層(47%)、高年層(53%)の方が高い。内閣支持率をみても、高年層の方が若年層よりも数字が大きい。若年層の支持が高かった安倍、菅内閣時代から支持基盤が微妙に変化している。「旧来型の支持構造に回帰している傾向は否めない」と党幹部は認めた。

 ▽モチベーション

 若年層をいかに政治に引き寄せるかは与野党共通の課題だ。公示直前になってにわかに政治団体「参政党」や「ごぼうの党」が注目を浴びるのも既存政党への不信と無縁でない。

 ある自民党参院議員は「若者の投票を促すといっても、うまい手がない。関心が低いのだからしょうがない」と嘆いて見せる。実際には、与党側は低投票率でも優勢と予想できるので、ネット対策などを練り上げるモチベーションは高まらない。

 ▽「5分の1」支持

 「選挙は勝ってなんぼ」が永田町の常識だが、「絶対得票率」というデータを見ると、異なる政治風景が浮かぶ。絶対得票率は全ての有権者に占める得票割合(比例票)で、棄権者も含めるところがポイントだ。安倍政権下の国政選挙で17〜19%程度にとどまった。低投票率だから得票はおのずと少なくなる。安倍政権による国政選挙の連勝が「熱狂なき圧勝」(小泉進次郎衆院議員)と呼ばれるゆえんだ。

 自民党惨敗と認定される第1次安倍政権の2007年参院選の絶対得票率は16%だった。岸田政権が制した昨年の衆院選も自民党の絶対得票率は19%と有権者の5分の1足らずだった。政治不信の無党派層が眠っている間に勝利する―。これを「熱狂なき安倍流選挙術」と呼ぶなら、岸田政権は既に継承している。つまり、分厚い信任を欠いているのが実態だ。

 政権与党の低い絶対得票率は、野党にとって挽回のチャンスを意味する。投票行動を見せていない潜在的な票田をいかに引きつけるか。泉代表の「怒りましょうよ」もそこに照準を合わせているのだろう。他の野党も「岸田インフレ」に消費税見直しを主張する。対して首相は「ウクライナ侵攻による物価高」と位置付け、言外に「経済失政でなく不可抗力」と訴えて批判をかわしている。

 ▽勝者なし

 ツイッター買収に動く米起業家イーロン・マスク氏は5月に「出生率が死亡率を上回るような変化がない限り、日本はいずれ消滅するだろう」とツイッター投稿し、波紋を広げた。「有事の円安」は国力の低下を反映しているとされる。

 難所に立つ日本の選択の機会に無党派層が眠った状態でいいはずがない。有権者を目覚めさせる論戦を欠いたまま低投票率となれば「与野党ともに敗北」との選挙評価もあり得る。(共同通信ニュースセンター整理部長・前政治部副部長=杉田雄心)


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