本音は 筆者顔

東京都生まれ。1991年に入社し、千葉支局、社会部、岐阜支局を経て、99年から政治部。首相官邸、与野党、外務省などを担当し、政局や憲法、外交・安全保障を中心に取材。政治部デスク、担当部長、編集局整理部長を経て22年4月から現職。散歩とジムと温泉が息抜き。

 思わず本音が出たのだろう。「わが国は相対的に低水準だ」。岸田文雄首相が6月13日の参院決算委員会で示した、昨今のエネルギーや食料品をはじめとする物価高への見解だ。参院選応援のための街頭演説などでも「欧米に比べて物価上昇率は低い」といった趣旨の見解を繰り返した。

 立憲民主党の泉健太代表が「無策だ」と突いた物価高への批判は、日に日に高まっている。22日に公示された参院選で主要野党は「岸田インフレ」と、さらに攻勢を強めており、いまや選挙戦最大の争点になった。

 「聞く力」が看板の首相は、政府対策本部の初会合を公示前日の21日に開き、肥料値上がりへの支援金支給や、節電ポイント付与のための制度創設を打ち出した。選挙戦では「5・5兆円の予備費を機動的に活用し、物価高騰に備える」と力説するが、これらがインフレ抑止の根本的な対策になるとは、到底思えない。

 ▽2%目標達成の好機?

 黒田東彦日銀総裁は6月6日の共同通信きさらぎ会での講演で「家計の値上げ許容度も高まってきている」と、ついポロッとしゃべってしまった。批判を受けてその後、慌てて取り消したが、発言の意図したところは首相と重なる。大規模金融緩和と円安政策を継続する。結果としてインフレを容認する。

 第2次安倍政権以来、日本の政権は10年近くにわたりデフレと闘ってきた。自民党関係者は「実のところ、政府としては2%の物価上昇目標を継続的に達成する好機が、ついに到来したと受け止めている向きが強い」と話す。まさにそういうことなのだろう。

 首相は通常国会を通じて、この目標を維持する方針を示してきた。21日の日本記者クラブ主催の党首討論会でも、国民民主党の玉木雄一郎代表に援護射撃を求めながら、大規模金融緩和策を続ける考えを強調した。

 ▽「キシダノミクス」と誇るのか

 一般に、物価上昇は国内総生産(GDP)の名目値を拡大させ、多少なりとも消費税の増収をもたらす。政府の試算があるかどうかは不明だが、仮に2〜3%上昇すれば「消費税収は数千億円ほど増える」(先の自民党関係者)という。

 これがそのまま防衛費の「相当な増額」に充てられるとは思わないが、2025年の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標を捨てない首相にとって「貴重な原資」(同)になるのは間違いない。

 インフレをうまくコントロールし、賃金上昇の伴う緩やかな「良い経済循環」が実現できれば、それこそ「キシダノミクス」の成果と誇りたくもなるのではないか。

 だが、石油や食料品の価格は急騰に近く、実質賃金が目減りする多くの人々の生活は厳しさを増す。帝国データバンクによると、7月以降は約4千品目以上の食品の値上げが待っている。

 ▽借金急増、日本は岐路に

 今回の物価高は、ロシアによるウクライナ侵攻を機に拍車が掛かった側面があるとはいえ「岸田インフレとは聞こえが悪い。『プーチンインフレ』だ」(自民党議員)などと言い逃れできるケースなのだろうか。

 野党は政権の「真意」を深掘りして徹底的に追及すべきだし、政権側は物価高への認識や対応をもっと明確に説明する必要がある。

 「アベノミクス」による長年の超低金利は円安に加え、財政規律の緩みによる国の借金急増をもたらしている。経済・財政政策は将来の日本の在り方にも関わってくるだけに、有権者はある意味、日本の岐路に立っているという時代感覚も持って、7月10日の投票に臨みたい。(共同通信編集委員=内田恭司)


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