開会式で日本選手団の旗手と務めた渡部暁斗(手前左)=2月4日、北京(共同)
開会式で日本選手団の旗手を務めたノルディックスキー複合男子の渡部暁斗(北野建設)の言葉に、うなずかされる思いだった。「どの競技にしたって、ぎりぎりまで突き詰めてきている。難しいところ。すっきりできないのは仕方ない。冬季競技のあいまいさが出ている五輪なのかなと思う。それが僕たちのやっていることなので」。ジャンプ女子の高梨沙羅(クラレ)のスーツ規定違反による失格や平野歩夢(TOKIOインカラミ)が初の金メダルを獲得したスノーボード男子ハーフパイプ(HP)での不可解な採点などに焦点が当たる北京冬季五輪。渡部は慎重に言葉を選びながらも真っすぐに答えた。
勝敗がはっきりするスポーツは一見すると「白は白」、「黒は黒」で、「灰色」が存在しない世界のように錯覚してしまいがちだ。しかし、現実はそうではない。ジャンプのスーツ検査は無作為に行われるため、以前から違反がすり抜ける可能性を指摘され、公平でないとの見方があった。採点競技には審判員の主観が入り込む余地がつきまとう。
冬季競技に限らず、他のスポーツでもそうだ。サッカーはビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)が採用された今となってもなお、PKの判定が議論の的になる。大相撲でも、もつれた勝負で相手より先に土俵を割ったり、落ちたりしなくても「死に体」かどうかの難しい判断が出てくる一番だってある。「白は白」、「黒は黒」と割り切れないことがスポーツにも起こり得るのだ。
確かに、ジャンプ混合団体のスーツ問題は、五輪という舞台で高梨ら女子のトップ選手が5人も失格したというインパクトの大きさに加え、その過程が不透明に見えてしまったことから混乱に拍車が掛かった印象はある。通常の検査方法と違ったとの証言も出ている。渡部は「ルールを厳密にするのは大事かもしれないけど、ちょっとした許容範囲みたいなのは必要かもしれない。イエローカードを出して『次、気をつけろよ』みたいな感じにするとか。イエローカードが2枚たまったらレッドカードを出せばいい。そういうのは思うところですね」と話す。
もちろん、公平さを著しく損なう「あいまいさ」は必要ない。それでも、冒頭の渡部のコメントにもあるように、選手もある程度の不確かさやあいまいさも「スポーツの一部」だとひっくるめて受け入れ、その上で紙一重の勝負に立ち向かっている。渡部は「疑惑はあったとしても、あいまいだとしても、面白く見られるものは面白く見られる」と言った。17歳で初出場したトリノ五輪から通算5度目の大舞台。自らがささげてきたスポーツへの自負を垣間見た。(共同通信・土屋健太郎)








