初の決勝つくった礎 第47回(1965年)準優勝投手 銚子商・木樽正明 【千葉高校野球ドキュメント100】(11)

 エースの木樽正明は、木製バットをへし折るシュートボールで次々とライバル校をねじ伏せていった。優勝候補として順当に勝ち上がり、最後には無名の初出場校・三池工と激突する。1965年の第47回大会、銚子商が県勢で初めて甲子園決勝の扉を開いた。名門と千葉の名を、全国にとどろかした夏だった。(敬称略)

 銚子一中で2年間指導してもらった斉藤先生(一之監督)が銚子商業に異動となった。OBの兄の影響もあり野球をやるなら銚子商業しかなく、先生を追った。入学したらサードを守れと言われ、春の千葉商との決勝に出たら私がエラーして負けた。すぐにファーストにコンバートされた。

 1年夏で ・・・

【残り 2604文字、写真 1 枚】



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