2020年8月16日 05:00 | 有料記事
「平和の尊さを身をもって感じた75年だった。原爆の悲劇を二度と繰り返してはならない」。県庁で開催された原爆パネル展で、生まれて初めて自身の被爆体験と平和への思いを口にした。登壇したのは、くしくも故郷の広島に原爆が落とされたのと同じ8月6日。7歳の少年が目にしたのは「地獄絵図」だった。
(報道部・安西李姫)
75年前の8月6日も天気の良い日だった。親戚の家に出かけようと、化粧をする母の背中にぴったりと寄り添って甘えていた時「突然目の前に閃光(せんこう)が走り、熱線の渦とともに強烈な爆風が吹いた」。
自宅は爆心地から約1・5キロ。瞬間的に意識を失い目を覚ますと、全壊した家の下敷きに。「忠治、早 ・・・
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