房総通リズム春の観光特集2024

千葉県内死者9割、津波で犠牲 被害実像知れば防災対策に 【激浪の記憶 元禄地震320年】(1)

元禄地震の供養碑を説明する古山豊さん。石碑や古文書を分析し被害の実像に迫ってきた=長生村
元禄地震の供養碑を説明する古山豊さん。石碑や古文書を分析し被害の実像に迫ってきた=長生村
鷲山寺に残る元禄津波供養塔。「溺死都合二千百五拾余人」などと刻まれている=茂原市
鷲山寺に残る元禄津波供養塔。「溺死都合二千百五拾余人」などと刻まれている=茂原市

 「大地震東海激浪溺死都合二千百五拾余人」。大地震が起きて東の海から激浪が押し寄せ、2150人余りもの人々が溺死した-。茂原市鷲巣の鷲山寺(じゅせんじ)にある江戸時代の石碑の一文だ。

 時は元禄16年11月23日(現在の暦では1703年12月31日)の深夜。「忠臣蔵」で知られる赤穂浪士の討ち入りから約1年後、房総半島南方沖を震源とする巨大地震(推定マグニチュード7・9~8・2)が発生し、千葉県沿岸は大津波に襲われた。

 あまりの被害の大きさに元号が変わる一因となり、町人文化が発展した元禄時代に「終止符を打った」とも言われる元禄地震。320年前に起きた未曽有の災害は、千葉県の津波対策を考える上で重要な位置を占める。当時、いったい何が起きたのか。

◆6500人超命落とす
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