清澄山の炭焼娘を描く 長塚節(4) 中谷順子 【房総の作家】

 明治31年に新聞「日本」(陸羯南・発行)で、正岡子規の「歌よみに与ふる書(十回掲載)」が掲載されると、当時19歳だった長塚節(たかし)は、源実朝などの歌を重んじる子規の写生説に共感して歌を書き始め、21歳のとき根岸 ・・・

【残り 966文字、写真 1 枚】



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