


浸水域は東京ドーム128個分に相当する約600ヘクタール。広大なエリアが一夜にして水の中に消えた。
昨年10月25日、記録的な大雨に見舞われた佐倉市。降水量は観測史上最大の248ミリを記録。市内を流れる鹿島川、高崎川があふれ、雨の排水は行き場を失い、市街地で「内水氾濫」が起こった。
あの日から1年。経営する市内の自動車会社が孤立した川辺寿幸さん(58)=八街市=は「これまでに経験したことがないような大水だった」。当時の記憶を鮮明によみがえらせた。
(佐倉支局・馬場秀幸)
ロードサービスも手掛ける川辺さん。ひと月ほど前に千葉県に上陸した房総半島台風(15号)を教訓とし、警察署で他の民間業者と災害支援に関する覚書を結んだ、まさにその日。雨脚が強まる中、レッカー車の要請に備えていた。
夜になると、すぐ横の鹿島川の氾濫で辺り一面が水没。駆け付けた消防隊員が「ここにいたら危ない。身の安全を守ってください」と非常を告げる。水が会社敷地の一部にまで上昇したため川辺さんはほとんどの社員を帰宅させた。
佐倉市はこの日、観測史上最大の降水量248ミリを記録した。雨水が流れ込む「升」の役割となる印旛沼と鹿島、高崎川が一気に満杯となり、行き場を失った水により市街地で「内水氾濫」が起きた。
二つの川も越水し、浸水域は見る見るうちに拡大した。水は2日間にわたって引かず、水没した車の引き上げ要請は100件以上に及んだが、社員が安全に作業を行える保証がなく、やむなく断ったという。
広範囲に水没した地域の大半は収穫を終えた「田んぼ」だった。県の担当者が「田んぼが水を貯めてくれた。水田地帯での越水はなかった」と説明するように、その治水効果に救われた部分は大きい。
反論もある。鹿島川周辺の農家からは「田んぼ側の土手が崩れた跡がある。川があふれた証拠」。地元の土地改良区も「県が鹿島川沿いに設置した水位観測所には水没した形跡がある。土手の修復も何カ所か県に依頼した」と証言する。
あれから1年。鹿島川は当時の惨状がうそのように穏やかに水をたたえる。だが、川辺さんと地元農家で中心的人物の密本節夫さん(69)は指摘する。「土手はかつてより沈下しているし、川は砂がたまって水深が浅くなった。また同じような大雨が降ったら、被害は同じでは済まない」。早急な対策を強く求めている。