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新型コロナウイルス情報

【動画あり】国登録文化財が次々解体 残る本館、まもなく見納め 【消えゆく太宰の宿 船橋・玉川旅館】(上)

重機で取り壊される玉川旅館「第二別館」。1階に太宰治が宿泊した「桔梗の間」があった=7月17日、船橋市湊町
重機で取り壊される玉川旅館「第二別館」。1階に太宰治が宿泊した「桔梗の間」があった=7月17日、船橋市湊町
4月末で閉館したことと、年内の建物取り壊しを伝える「お知らせ」が出された日の玉川旅館(第二別館)=5月14日
4月末で閉館したことと、年内の建物取り壊しを伝える「お知らせ」が出された日の玉川旅館(第二別館)=5月14日

 新型コロナウイルスの影響により、千葉県に「緊急事態」が宣言されていた今年5月14日、その通知は突然届いた。

 「玉川旅館閉館のお知らせ」。船橋市の中心市街地にたたずむ老舗割烹(かっぽう)旅館を既に閉館していたことが、A4判の紙1枚に簡素に記されていた。

 文面には、相次ぐ自然災害による建物の修繕・維持管理費が増加したところに、新型コロナによる売り上げ減が追い打ちとなり「創業100年を一つの区切りとして閉館という結論に至り、4月30日をもって営業を終了した」とあった。あっけない終焉(しゅうえん)だった。

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 文豪太宰治が20日あまり宿泊したことで知られ、重厚な瓦と黒い板塀に囲われ天然自噴温泉も楽しめた純和風の旅館。2008年に「本館」「第一別館」「第二別館」の3棟が国登録有形文化財に登録され、全国の太宰ファンや“都会のオアシス”を求める宿泊・宴会客らが集った。

 特に、温泉は多くの客に親しまれた。紅檜(ひのき)の大木をくり抜いた露天風呂や古代檜の浴槽など自慢の温泉風呂を、食事客にも無料で振る舞った。

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 国登録有形文化財だが、木造建築物を後世に残すのは難しかった。国から補助があるわけでもなく、金銭支援は市が独自交付する年4万円のみ。昨秋の相次ぐ台風・豪雨被害で修繕費がかさみ、閉館を決断した。

 5月19日に記者会見した小川了社長は「年内に建物を取り壊す」と表明。解体工事は7月6日に始まり、第二別館、第一別館、離れの建物は次々と姿を消した。残る本館と温泉風呂の建物も間もなく見納め。国登録有形文化財の登録は、本館撤去後に抹消される。

 解体工事を見守る小川社長は淡々と話した。「寂しさというより、さっぱりした気持ち。木造建築なのでどの建物も限界だった」

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 大正時代から船橋の発展を見守った老舗旅館の解体工事が進んでいる。「消えゆく太宰の宿」を、工事の経過や当時の館内の様子などで振り返る。

(船橋習志野支局・伊澤敏和)

◎割烹旅館「玉川」の歴史

1921(大正10)年 料亭の営業開始
           後に宿泊客受け入れ
  28(昭和3)年 第一別館建築
  33(昭和8)年 第二別館建築
  35(昭和10)年 太宰治が船橋に転居
  36(昭和11)年 太宰が船橋から転出
    ※太宰は船橋に約1年3カ月居住し、その間、玉川旅館に20日ほど宿泊
  41(昭和16)年 本館建築
  49(昭和24)年 旅館の営業権利を取得
  76(昭和51)年 母屋火災
    ※太宰の万年筆、仏語辞典など焼失
2008(平成20)年 国登録有形文化財
  20(令和2)年 4月末に閉館
    ※7月から解体作業が始まり、年内には更地になる予定


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