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立ち並ぶ近代産業遺産 「醤油の町」野田を歩く 【千葉地理学会連載 おもしろ半島ちばの地理再発見】

茂木佐平治邸の立派な門
茂木佐平治邸の立派な門
野田醤油発祥の地の碑
野田醤油発祥の地の碑

 千葉県は醤油(しょうゆ)生産日本一の県で、全国の3分の1近くの生産量を占めています。その中心は銚子と野田です。どちらも醤油作りに適した土地で、原料の小麦や大豆は関東平野でたくさん採れ、江戸へ醤油を運んだ帰りには塩を仕入れてくることもできました。そして関東の濃い口醤油は江戸で人気となり、ますます発展していったのです。

 1917(大正6)年、野田の醸造家らが「野田醤油株式会社」を設立し、現在のキッコーマンへとつながります。

 東武アーバンパークラインの野田市駅から町歩きを始めましょう。駅を降りると目の前に醤油工場のサイロが見え、5分ほどで見学者向けのもの知りしょうゆ館に着きます。醤油作りの基礎知識を学び、工場見学をすることができる施設です。

 敷地内には、宮内省に納める醤油の専用醸造所として39(昭和14)年に江戸川沿いに建設された御用蔵が移築され、見学できます。屋根瓦、石垣、門などは元の物を使用し、原型に近い形で再現され、中には圧搾機や火入れ桶(おけ)、麹(こうじ)室などが展示されています。仕込み室では実際に杉の木桶にもろみを入れ、発酵醸成させています。

 工場を出て左に、野田に県営鉄道を敷いた有吉忠一(第11代千葉県知事)の名を残す「有吉町通り」を進んで下町交差点に出ると、ロマネスク様式の建築美を感じさせる興風会館です。この建物は国の登録文化財であり、29(昭和4)年に大森茂氏の設計で建築されたものです。

 当時、県下で千葉県庁に次ぐ大きな建物だと言われました。「本町通り」を少し進むと、25(大正14)年に完成した、旧商誘銀行だった建築物も残っています。

 ここから右折し「浪漫通り」と名付けられた小径に入ると、明治末期の蔵やレンガ塀、茂木本家住宅などを見ることができます。さらに突き当りを左折すると、野田市市民会館になっている旧茂木佐平治邸の立派な門が見えてきます。

 門を入ると、千葉県最初の登録文化財である大正末期建築の邸宅があり、内部も当時の雰囲気をよく残しています。同じ敷地内には郷土博物館もあり「醤油の町」野田の歴史を学ぶことができます。

 この佐平治邸を始め、野田の醤油産業が発展していった明治後期から昭和初期にかけての10以上の建築物が2007(平成19)年に経済産業省から「近代化産業遺産群」に認定されています。

 市民会館から再び本町通りに出ると、これも近代化産業遺産であり28(昭和3)年建築の野田中央小学校校舎が見えます。さらに少し進むと左側に「野田醤油発祥の地」の碑があります。これは室町時代の永禄年間に飯田市郎兵衛が野田で初めて溜醤油を醸造したという蔵屋敷跡です。

 この碑の先、愛宕神社前交差点を左折すると、キノエネ醤油の社屋と工場群の外観を見ることもできます。これらも近代産業遺産です。

 ここからは愛宕駅が近いです。「醤油の町」野田は、見所の多い町歩きが楽しめます。

(秀明大・敬愛大非常勤講師 鎌田正男)


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