
10月から独自支援として第2子以降の保育料無償化が始まった市川市。第2子の育休中の40代の会社員女性は、来年の4月から「この子(第1子)が通う同じ保育園に預けたい」と話す。ただ、園では毎年退職する保育士数に増員が追いついていない。0歳児クラスの定員が減っている上、第2子無償化で預ける希望者が増えることが予想される中、「無償化はありがたいが、同時に長く働けるよう先生方に支援をしてほしい。同じ保育園に通えるか不安」とこぼす。

年収が60万円変わることも
千葉日報社は県内全54市町村を対象にアンケートを行い、保育士への独自支援策について尋ねた。46市町村から回答があり、支援制度を設けている自治体は約半数の24市町にとどまった。
支援策で最も多かったのが市独自の給与手当。給付の条件や金額は異なるものの、給与の上乗せを実施している自治体は22市町だった。ほかには家賃補助や、職場復帰を促すための保育所への保育士の子の優先入所など。研修費の補助を実施している市もあった。
手厚い支援策を打ち出している自治体の一つが東京近郊の松戸市だ。2017年10月から、保育施設で働く正規雇用の保育士などに経験年数に応じてそれぞれ月給に手当を上乗せしている。経験0~11年は4万5000円、上限は20年以上で7万8000円。毎月施設から配布する給与明細書には「松戸手当」と記載し、「施設からの配分ではなく、市が直接支給していることをわかるようにしている」(担当者)という。さらに市内の同一法人で10年勤務した保育士を表彰し、3万円のクオカードを贈呈している。

支援を追い風に、松戸市に転入する保育士は増えている。市によると、市内への保育士流入数は16年が22人、17年が33人だったが、手当導入後の18~22年は平均約90人を数える。市が保育施設に行ったアンケートでも、給与などの処遇を理由に市内に転入した保育士は21年度は15人、22年度上半期(4~9月)は17人に上った。
20代の保育士女性は約4年前、県内の別の市から松戸市に移り住み、市内の保育園で働き始めた。別の市で働いていた時は家賃補助も含めて手取りが14~15万円ほど。保育時間外でも制作物や楽譜のアレンジなどで残業が続く上、保護者からのクレーム対応もあり、体調を崩してしまった。女性は当時実家暮らしだったが、1人暮らしをしている周辺の保育士からは「貯金ができない」との嘆きも聞いた。給与面でも割に合わないと感じ、転職を決意した。

現在の園では年収が50万~60万円ほど上がり、自治体によって給与に差が出ることを改めて実感。1人暮らしも始められるようになった上、残業がほとんどない。女性は「子どもの命を守り、成長を見守り促すという保育士の役割はどこの自治体の園でも変わることがないはず。給料の差があるのは、やる気にも差が出てしまうと思う」と話す。
導入の背景に「東京都」
なぜ松戸市はここまで支援に力を入れるのか。背景には、財政力の強い東京都の存在があった。

都は2016、17年度の2年間で計4万4000円の処遇改善を実施。松戸市の担当者によると、市内の保育施設から「東京へと保育士が流出してしまうのではないか」との懸念が多く上がった。元々補助金制度はあったが、保育士の流出防止のため、近隣と比較して充実した金額に引き上げるとともに、勤続年数に応じて金額が上がる仕組みを取り入れた。
同市に住みながら市内の保育施設で働いてもらい、長期的に市と関わってほしい狙いがあるという。担当者は「長期で働いてもらうことが、働きやすさにつながり、安定した保育の提供につながる。その結果、子どもや保護者に安心してもらえる」と力を込める。一方で、「自治体が一方的に支援するだけでは保育士ファーストにはならない。本当の意味で保育士が必要とする支援を行うには保育施設や運営法人の協力が不可欠」と強調。「国が責任を持って、保育士の処遇を改善することも必要だ」と注文した。
一方、22市町村では支援制度について「該当なし」と回答。ある自治体の担当者は「議論にも至っていない」と本音を漏らす。別の自治体の担当者は「処遇改善について現状を調査する必要性は感じる」とするものの、「手当などの独自支援を実施するとなると財政当局との調整も必要となるが、そこまで(全体)の問題には至っていない」と明かす。
制度自体に問題
保育士らの労働相談を受けている介護・保育ユニオンの三浦かおり共同代表は、千葉県内の支援状況について「自治体の財政規模の大小により、支援内容に偏りが出ている」と分析。自治体の支援差について「保育士の給与が低い中では、行政が支援を上乗せすること自体は必要」としつつ、「それぞれ財政事情の異なる自治体が補塡(ほてん)する仕組みになっていること自体に問題がある」と指摘し、国の支援の必要性を訴える。

また、保育士が長期で働ける環境の重要性を強調。過酷な労働環境を背景に、保育士が退職しクラス担任がたびたび変わる問題も相談の中で多く聞かれるといい、「仲良くなった先生たちといきなり関係を断ち切られた子どもは、精神的に不安定になるなど影響も出ている。保護者にとっても継続的に関わる保育士がいると相談しやすい」と説明する。
規制緩和によって行政から保育園の事業主に支払われる委託費の使い道が自由化されたことも問題だという。委託費が人件費に行き届かず、保育士の低賃金の原因になっているとして、「委託費の弾力運用」を規制したり、国が支給する委託費の「公定価格」(園の運営に当たり必要であると国が定めた費用)を引き上げたりすることが、保育士の処遇改善にとって重要だと訴える。
※この記事は千葉日報とYahoo!ニュースによる共同連携企画です