本の贈り物

■プロフィール
藤原あずみ イラストレーター。1958年長野県安曇野市生まれ。佐倉市在住。主な作品は「野あそびいっぱい 植物編」(萌文社、中山康夫著)、「お話とあそぼう」(一声社、末吉正子著)など。「第18回小さな童話大賞 山本容子賞」、「第9回ミツバチ絵本コンクール佳作」、「第48回千葉文学賞」など受賞。


「意志」 『眼にて云う』

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 スメタナの「モルダウ」を聴く。幾度も幾度も。

 雪どけ水の軽やかな流れがやがて大きな川となり、山から平地へ下り、にぎやかな村や町の中を流れながら大海へと注ぎ込む。雄大な海は、長い旅の終着点。静けさ、華やぎ、激しさを経て、最後は猛々しく盛り上がり、一瞬の沈黙の後、「ジャン、ジャン!」ときっぱり締めくくられる。

 モルダウの曲に人生を重ねるのは、私だけだろうか?いや、そう感じる人は多いのではないかと思う。今、私は自分の人生より、白血病で命を閉じた飼い猫のタロに思いを寄せてモルダウを聴く。

 四年前の寒い日、いつもは通らない細い路地に入った。タロは路地の真ん中に座り込み、私を待っていた。顔は目ヤニと鼻水でどろどろ。頭には傷。病院へ連れて行き治療した。やせこけてメスかオスかの判断もつかない。獣医さんに「目つきが悪い子ですね」と言われた。怖い思いをいっぱいしたのだろう。すぐには心を開かなかった。傷が癒える頃、目も丸くなりふっくら可愛くなった。その直後、タロは再び野良猫に襲われ瀕死の怪我をした。

 子猫のうちに何度も死にかけたせいだろうか、抗うより運命に身を任せる術を知っていた。「タロは老子のタオ(道)に通じている」といつも思っていた。白血病が進行した後も、陽だまりに寝ている姿は幸福そのもの。食事時になると、食卓に乗っておねだりをした。

 やがて、点滴も投薬も効かなくなった。子猫時代に戻ったような仕草で、私の指から介護食を舐め取っていたが、最後は食べ物を一切口にしなくなった。静かに横たわり、水呑みとトイレ以外は、深く間遠な呼吸だけを繰り返す。涙ながらに話しかけると「気が散るからやめてくれ」と言わんばかりに、すっと場所を移した。潔く、<ひとり>で耐え、<ひとり>でその時を待つ覚悟だったのだ。

 その朝、机に向かっていると、「くう」とひと声鳴いて私を呼んだ。その後、ふた声、小さく「くうっ」と鳴いて、最後の息を吐ききった。運命を悟り命を閉じるまでの短い間、タロが示した決意の揺るぎなさが今も私の心を打つ。意志を持つのは人間だけではない。時として動物の方が、より高度な意志を持つ。

 生き方は死に方に通じる。宮沢賢治の「眼にて云う」を読むと、最後のタロの姿が浮かんでくる。......

 【メモ】「眼にて云う」(宮沢賢治詩集)宮沢賢治作

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