「郎女」と「女郎」

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 万葉集の女流歌人に「郎女」(いらつめ)という呼称(こしょう)が見られ、何となくかわいらしさ、いとおしさを覚える。

 身分によるものか、かつては「郎女」「女郎」に分かれて表記されていたが、今では「女郎」の表記がうとまれ、一般的には「郎女」に統一されている。

 私の万葉教室の生徒に、定年まで高校で万葉集を教えていた先生がいる。当然ながら、私よりその道に通じている。

 その先生が、なぜアバウトな私の教室の生徒になったかというと、古典の制約を受けず、好き勝手に解釈する無謀さがおもしろいからという。

 実は千葉日報のコラムに書いた私の「万葉考」のエッセーが、2度ほど江戸川大学の受験問題に採用され、著者はいまだに受験生に対し恐縮している。

 さて「郎女」に統一されたとすれば、それ以前の区分けも知りたくなる。そこで「郎女」「女郎」歌人の本来的区分けを、元高校教師のおなご先生に依頼することにした。

 届いたレポートの一部を紹介してみる。

 まず「郎女」の部の代表は「大伴坂上郎女」(おおとものさかのうえのいらつめ)で、次は「石川郎女」(いしかわのいらつめ)であり、さらに「巨勢郎女」(こせのいらつめ)等が続く。

 また現代的感覚で遊女と見なされた「女郎」歌人側は、モテ男の家持(やかもち)とウイットに富むラブゲームなどする「紀女郎」(きのいらつめ)を始め、やはり家持に惚れ、ふられる笠女郎(かさのいらつめ)、そして「久米女郎」(くめのいらつめ)、「平群氏女郎」(へぐりうじのいらつめ)等々、こちらのパートは多人数。......