卑下も自慢のうち

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 自虐(じぎゃく)は一面で自己救済になる。自分をからかいながら庇う、というより麻酔をかける。

 入院中の知人から手紙をもらった。

 「脳がNOになって再生中です。ただいま10歳児ていどの脳みそだということです」

 入院前は、稲毛の浅間神社そばで、コピーを主としたビジネスをしていて、私もお世話になった。

 ところで「10歳児ていどの脳」というのは、たぶん諧謔(かいぎゃく)で、10歳児には、こうした粋な自虐発想は出ない。

 せんだって、粋というほどでもなかったが、私も自虐精神を試してみた。

 会の帰りに、仲良しの車で、仲良しの中華食堂に連れて行ってもらった。そこのマスターを私は「ケンちゃん」と呼ぶ。彼の本名は別として、私は気に入った相手を呼ぶときは、自分の趣向で呼ぶ癖がある。

 マスターはいつもの「ケンちゃん笑顔」で私を迎えると、アレ、背が縮みましたね、と言いつつ私のための椅子を引いてくれる。

 「体が縮んだ私専用に、今度から幼稚園児用の席を用意してよ」

 自虐の一発だったが反応がない。ケンちゃんは苦笑もしないし、いつもは女学生のように笑う美人ママも戸惑っているし、私の連れの仲良し方もそっぽを向いている。

 格言に「卑下も自慢の中(うち)」というのがあるが、自虐にもそんな側面があるのだろうか、と思案するうち、生ビールの泡が消えていく。......