祈るや切!

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 長姉を「道場のおかあさん」と呼ぶ。

 私の両親は、結婚後10年間に女・男・女・男と、バランスよく4人の子持ちとなった。そして長姉が「道場のおかあさん」で、末弟がつまり私で、赤子時分、10歳余りの長姉におぶわれたことがあるという。

 8月19日(木)午後3時「道場のおかあさん」が失神し、すぐに救急車が呼ばれたが、患者を収容したまま救急車は動けず。

 救急隊員がおおわらわになって連絡をとるも、千葉市内の病院はいずれも受け入れ拒否。いま社会問題になっている現象が手近で起きた。

 30分ほど、門前に駐車して交渉していたが、四街道市の徳洲会病院が応諾してくれたということで、再び救急車のサイレンが鳴り響く。

 走り出せば、救急車は早い。たちまち徳洲会病院、正式名「医療法人・沖縄徳洲会・四街道徳洲会病院」に着いた。

 CTスキャン、MRIなどの診察があったが、その前後とも点滴の管のはずれることはなかった。

 唐突だが、六十余年前、年端も行かぬ少年だった私は、千葉市道場南1の1の4の姉の嫁ぎ先を、汗まみれになって探し回っていたが、ついに突き止め、先に市原から祭りに来ていた祖父の顔を見ると、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。

 「感極まったんだな」

 祖父はそう言って笑ったが、隣にあたたか味のある静かな笑顔があった。後年私の母が、あんないい人はいない、と言った義兄の笑顔だった。

 義兄の名は石丸利夫、私は「道場の兄さん」と通称させてもらった。道場の兄さんは、石丸愛子を、酒井愛子のままに受容してくれて、姉は実家にいるような気楽さで暮らした。・・・