夜道に日は暮れない

 子どものころ、家に客があると、なんとなくうれしかった。といっても、おとなの座敷にしゃしゃり出る勇気はなかったので、たいがい別間で聞き耳を立てたりしていた。

 日が暮れると、客側に辞去の気配が感じられ、すると決まって母親の「ごゆっくりして下さい、夜道に日は暮れません」という声が聞こえ、さらに近しい客の場合は「夜道に日は暮れないというだべ」と方言交じりの対応になる。

 10代の始め、耳触りのいいこの言句を分厚い辞典で引いた。-遅れついでに、ゆっくり物事に取り組もうとするときの言葉-と注解されていた。

 60代に入って、関西大学名誉教授・谷沢永一先生の『教養が試される341語』(幻冬舎発行)を入手し、母親への思いから、なお文意の奥を探ろうと、341語の「や行」の部を検索したが、記載されていなかった。

 それでも、同列部から気になる語句を拾い、一つ、二つ、三つと勉強させてもらった。

 ▽やぶさかではない

 「やぶさか」を漢字で書くと「吝か」となり、語頭の「吝」は「ケチ」とか「物惜しみ」と訳される。つまり「やぶさかではない」は「ケチではない」「物惜しみはしない」、そして「事に当たっては労力を惜しまない」ということ。

 ▽やんぬるかな

 「已(や)みぬる哉」の音便で、「已む」は、何かが消えること。おしまいになること。つまり「もうおしまいだ」「どうしようもない」といった嘆声だが、予想外の不運というより、予想どおり進行した不運について言うようだ。......


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