2020夏季千葉県高等学校野球大会 あの瞬間を捉えた写真も多数

五体中の病気巡り

  私は平成十九年七月十七日夜、転倒して左胸部肋骨を六本折り、その衝撃で肺炎症状も起こし、内科、整形外科、耳鼻咽喉科の各医院を回され、いまは千葉市立海浜病院の手の内にある。

  肋骨骨折後、私は声が出なくなった。出てもかすれてしまい、それに息が続かなくなった。

  整骨師の友人に聞いてみたら、もし胸部打撲が原因なら、無理をしてでも声を出した方がいいと言われ、そのようにしてみたが、思うように改善されなかった。

 耳鼻咽喉科医院で、のどのレントゲン写真をとると、大きなポリープができていた。見せてもらうと、小指の頭ぐらいあって、暗い赤色をしていて、気持ちが滅入った。

  しかし医院の診療はそこまでで、ポリープの写真と紹介状付きで、私は海浜病院に送られた。

  海浜病院では、咽喉科の女性部長先生が対応してくれた。以前病院に配属されていた市役所職員の計らいだった。

  部長先生は、切れ味のいい口調と診断で知られる女医先生だという。舌足らずな上に声の出ない私は、問診にはしどろもどろになったが、部長先生には、憧憬と畏敬の念を抱いた。

  改めてポリープを確認してもらった。検査結果が良性であっても悪性であっても、除去手術はするようだ。

 ところが問題が提起された。ほぼ十年前に、私は心臓疾患で海浜病院に通っていた。つまり心臓に病気を抱えていると、こんどの手術はリスクが高くなるという。

 「年も年だし」

  と補足する先生の言葉は余分だと思ったが、その慎重な取り扱いがありがたくもあった。

  結局、古い心臓病のカルテを探し出し、改めて検討するまで手術はお預けとなり、一たん帰宅することになった。

  手術が延期された一週間は、それはそれで有意義だった。あすみが丘カルチャーの文章塾を済ませ、小仲台公民館の百人一首・万葉集・徒然草の古典教室を済ませ、左胸部打撲時の余波で脱落した複数の歯の修復等、それぞれの予定をクリアすることができた。

  六日経ち、今日は十月二十八日、そろそろ午前零時、机を離れてふとんに入ろう。

  明日の午前十時に二度目の診察があり、受付を通らず、直接、耳鼻咽喉科の窓口を訪ね、備え付けの小箱に診察券を入れることになっている。

  初診ですぐ手術になると思っていたが、過去の心臓疾患がネックになって延期された。

心臓に病歴があると、ポリープの手術でもリスクを伴うのだそうで、先生方が過去のカルテを検討し、一週間後の今日、手術の有無について話される予定だ。

手術は怖いが、それ以外に良法がないなら早くやって欲しい。ポリープが良性ならともかく、悪性だったら時間が貴重なはずだ。

  もっともそれで心臓が止まってしまっては、何をか言わんやだが。

 二度目の診察でも手術が延びるようなら、たぶん過去の心臓病カルテとはべつに、新たに現状の心臓をチェックし、合わせて方針を検討することになるのだろう。

  午前十時、名前を呼ばれて診察室に入る。初回と同じ①番の部屋で、担当もやはり女医先生だった。てきぱきとした口調は部長先生かなと思ったが、私は女性の顔をまともに見られない。

  うれしかったことは、過去のカルテから、心臓がとりあえずは安定していて、気管のポリープ手術に耐えられるという診断だった。

  ところがこんどは、肺臓に問題を生じ、内科に回され、そこで男先生の明快な診察を受け、ちょっと口に出された肺ガンの恐れを胸に、案内を受けた「CT」の部屋にと歩き始めた。...


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