2020夏季千葉県高等学校野球大会 あの瞬間を捉えた写真も多数

ふと父母を思う日

 母は家付きの娘で、婿の父を立てながらも家長然としていた。

 父は体格がよく、美男子だと人から言われていたが、ほとんど口を利かず、身内からも偏屈扱いされる部分があった。

 母の父、つまり私の祖父は、村人から「今(いま)太閤」と呼ばれていて、無愛想な父も、その御前では神妙だった。

 祖父の威光は、母やその子どもらにも及び、父はやはり目を伏せ、遠慮がちだった。

 その子どもらとは、長女、長男、次女の三人までで、末っ子の私は入っていない。

 家族に遠慮する父も、私のことはのびのびと怒鳴り付け、ときには庭に投げ飛ばした。それでも私は父が憎くも怖くもなかった。それが癖の伏し目がちが柔和に見えた。

 父は、家族の端っこにいる私を、憚(はばか)りなく確保できる我が子と思っていたようだ。昔の子だくさんの家では、末っ子は家族構成の外に居るのがふつうで、主として祖父母のペットになる。

 幼時には、私も祖父っ子だったが、やんちゃが高じ、病(やまい)を得た祖父が持て余すようにようになると、それとなしに父が代わっていた。母は家長としての用向きが多く、末っ子の頭を撫でてる暇はなかった。

 父はうれしそうに私を怒鳴り、ストレスを解消していた。

 父と私は、母の手料理が好きだった。実は家族全員が好きだった。食べたことのある親類や村人も母のファンだった。

 料理はべつに金のかかったものでも、凝ったものでもない。有り合わせの食材を利した田舎料理だった。

 中でも私が好きだったのはぬただった。漢字で書くと「饅」だが、うまそうなカンジではない。

 ぬた料理は、魚介類、海藻、野菜類などを酢みそで和(あ)えた日本料理で、またゴマ、カラシを合わせてもよし、と料理本にある。

 私はゴマ和え、カラシ和えのぬたも、プロの手前で食べた覚えがある。カラシの方は、ピリッとした、粋な味わいを感じたが、やはり母のぬたの、酢みそ和えの甘みが恋しかった。

 ぬたは、食材をみそ、ゴマなどと混ぜ合わせて調理する、とテキストにあるが、母のぬたは混ぜ合わせなかった。酢とみそと、隠し味の甘みとをミックスし、固有のタレをつくり、例えばゆでたナスの上からとろりとかける。母はむぞうさにやっていたようだが、鉢の中に美的な一品が出来上がる。...


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