巨大なピアノ曲

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 老いた上に、体が病気の詰め物みたいになっている。ただ、有名人や知人の名前を失念しながらも、一部の神経は生きていて、その神経がだれかと、例えばピアニストの田中明美さんとつながっている。

 なまけ者のくせに、田中明美さんのコンサートにはひょこひょこ出かけていく。

 ヤマハ鎌取センターのふれあいコンサートにも出かけていった。

 黙々と弾く演奏家がふつうだが、田中明美さんにはトークがあり、演奏に合わせてその面のファンも多い。

 口調はパリパリしているが声音は甘い。早口のせいか舌足らずにも聞こえるが、その割に発音は明瞭で、ファンは笑声や嘆声で反応を示す。

 同じファンでも「認知入り」の私は、ポーっとしてトークを聞きのがし、書面でリフレーンをお願いしたりする。

 明美さんは「ノー」と言える強さも持つが、反面「ノー」と言えない人間性も持つ。すぐに届いた返信で、トークを繰り返してもらった。

 「コンサートの前日、私は何をしていたかというと、一〇〇グラムくらいの和牛の牛サシを食べていました。でもそれだけでは、翌日の『英雄ポロネーズ』演奏にはエネルギー不足です。そこで主人に、再びお肉屋さんに駆けつけてもらい、一二〇〇円分のステーキ肉を買ってきて、と頼みました。ところが主人は、一二〇〇円分だけ和牛のステーキ用を下さいなんて言えないよと、二五〇〇円分のステーキ肉を買ってきました。私は黙ってその肉を食べました。

 そしてコンサート当日の今日、男性演奏家でも疲弊するという『英雄ポロネーズ』を、高級和牛肉のカロリーとエネルギーで疾走します」

 プログラムの初めはなじみ曲から入り、かんで含めるような演奏で聴衆の受容能力を活性化し、そして本番となる。...