階段を素直に落下

 ――運がいいとか悪いとか……といったさだまさしの歌があった。

 禍福は糾(あざな)える縄の如し……という史記(中国の歴史書)の言葉もある。

 私は深夜一時三十分、自宅の二階から一階までの階段十四段を、何の抵抗もなしにごろごろと転がり落ちた。ただし自覚はない。

 やがて救急車に運ばれ、千葉市立海浜病院「夜救診」に着いた、といっても自覚はない。

 覚えているのは、車椅子に腰をおろし、看護師さんに頭の手入れをしてもらっているあたりからだろう。

 年齢不詳だが、かわいい感じの看護師さんが、薬品にひたしたガーゼか何かで、血に汚れた頭髪を数本ずつ、削ぎ取るようにして拭き取ってくれていた。私は血だるまだったようだ。

 子どもというもののいない私は、ふと彼女の丸顔に、娘の幻影を見ていたかもしれない。

 額がチクチクする。実はここに来てすぐ、先生に無数の打撲傷を診てもらい、額の裂傷などを縫合してもらったのだという。そういわれればそんな気もしないわけではないが、酔いを引きずる私の頭には分明でない。

 先生が、空いているベッドで朝まで寝かせるといい、と言ったような気もするし、また看護師さんから、ごめんね、空きベッドが無いのよ、と聞かされた感覚もある。私は車椅子で朝まで過ごしたようだ。

 夢うつつに、男の怒鳴り声が聞こえていた。酔っ払いではなさそうだ。対応の不満に、自分なりの筋を立てているみたいだったが、対応者の声は聞こえず、子どもの泣き声だけが唱和していた。

 朝はタクシーで帰宅した。運転手さんは、ミイラみたいになった客にやさしかった。...


  • LINEで送る