ショパンへの祈り

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 平成22年の暮れ、紅葉の色が移るころ、間遠になっていた田中明美さんからの音信があった。

 「お手紙(酒井の)の末文がさみしくなりました。私も、これからは、演奏会、そんなに、できないと思います。これは、本当です」

 師の足も弱まる極月のリサイタル案内状に、ピアニスト田中明美さんの右の私信が添えられていた。

 私の手紙の「末文がさみしい」というのは、病院の担当医から伝えられた病状を、私が悲観的に伝えたことへの反応だと思うが、明美さんの「私も……」の方には、さらに深刻な思い入れがあったようだ。

 「三歳から母よりピアノの手ほどきを受ける」

 自書による経歴文の文頭だが、明美さんの母上については、私もその無邪気な笑顔のファンだった。機を得て談笑するうち、春風に吹かれているような開放感に包まれた。

 その母上が、予知なしに発症し、闘病生活に入り、明美さんのトラジック「私も……」につながる。

 「私も、これからは、演奏会、そんなに、できないと思います。これは、本当です」

 太宰治「人間失格」にも見られるように、文中の読点が多くなることは、神経的緊迫感を表徴する。

 「演奏会、そんなに、できない……」

 という、演奏会に、行ってきた。12月25日、クリスマスというより、新年の初日の出に祈る思いがあったようだ。

 私の危惧を越えて、見事な演奏ぶりだった。ピアニシモにも、低音のフォルテと四つに組む力量感があり、激しいトレモロにも、ふと、のどかな間(ま)を感得し、心が安らぐ。

 12の練習曲から作品25ノ1「エオリアンハープ」を聴く。練習曲というと「初歩」の誤解があるが、名演奏家の術にかかると、名曲の本領を発揮する。・・・