米寿画家は少女顔

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 「小学生の時から絵を書くのが好きでした。現静岡大学付属小学校を卒業する時、校長先生より、私の書いた風景の水彩画を、永く校長室に飾ると言われ、うれしくて、うれしくて」

 千葉市若葉区加曽利町の結城屋呉服店女主人、岡田島子さんからの、懇切な手紙の文頭である。

 少女は校長先生のほめ言葉を胸に秘め、高等女学校を出たところで、現芸大の美術科に入ろうとしたが、家の反対にあって断念。それでも画塾の先生のレッスンを受けたが、戦争前のあわただしい世相もあって、断念することになる。
その後結婚し、結城屋さんの良妻として半生が過ぎた60歳、突如目覚めて墨絵が書きたくなった。

 「お茶の水教室で、男性教師の川上先生から特訓を受け、2年間の修業後、作品『竹の子』で、墨絵会の大賞を受賞しました。川上先生の弟子の中では早い出世でした」

 ところが島子さんが尊敬する川上先生が急逝され、茫然として4、5年が過ぎたが、気を取り直して「現代水墨画協会」に入り、太田区大森の教室まで、毎週休みなく通うようになる。

 「協会は全日本規模なので、出展作品が多く、入賞するのはたいへんだったのですが、幸運にも、私は出展するたびに入賞でき、中でも『月桃の花』は、読売新聞の文化欄で取り上げられました。また『命あるかぎり』という作品は、現代水墨画展賞を受賞し、秋田美術館や奈良美術館で展示されました」・・・