“マルチ詩人”の遺産 天彦五男詩全集

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 千葉県在住の詩人天彦五男(あまひこ・いつお=本名堀田寛)が亡くなって1年、このほど『天彦五男詩全集』が夫人(堀田敏江)の尽力で出版された。版画家深沢幸雄の題字と装画の577ページの豪華本である。

 収録作品は詩集『鴉とレモン』『風針』『ピエロ群像』ほか、各詩誌に発表された詩作品350編、エッセー・詩論・詩人論・書評・編集後記、美術論などと詩人の絵画、墨蹟(ぼくせき)、生前のアルバムが収められている。

 昨夏、天彦の長年の詩友だった金子秀夫からの連絡で私は詩人の訃報を知らされたが、金子の絶叫のような電話の声を生涯忘れないだろう。それは等しく好漢天彦を知るひとたちの気持ちであったと思う。

 戦後の若い詩人たちにはモダニズムや戦争体験世代を代表する荒地派などをいかに超克するかという課題があった。天彦五男は現代詩が陥った言葉の伝達性の喪失を見事に回復させ、存在と意味性を結合した独自の詩の世界を確立し、日本詩人クラブを中心に活躍した。

 また愛息の突然死、本人の癌(がん)発症という不条理な体験を昇華した詩篇には、読む人を魅了する人間的深奥があり、晩年の自然体の語り口は洒脱さえ超えた未踏の詩境を感じさせる。自宅のある四街道市周辺を主題とした詩業に私はひそかに盛唐の詩人王維の『輞川(もうせん)集』を連想していた。

 市立佐倉美術館に天彦は生前、蒐集した絵画15点、美術関係書籍800余冊を寄贈しているが美術の造詣も深い。酒を楽しみしかも食通、趣味の旅行や囲碁等いまは少ない稀有(けう)な文人墨客の逸材であったことを、この全集は余すことなく教えてくれる。(詩人・鈴木豊志夫)(土曜美術社出版・6300円)

 ◇すずき・としお 日本現代詩人会、日本詩人クラブ会員。詩誌『光芒』『青い花』同人。千葉市若葉区在住。