安房里見氏の城 南総里見八犬伝(9)

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 安房に上陸した里見義実が、最初に拠った城として知られる白浜城(野島崎の北700メートル)は、当時はこの城近くまで海が寄せていて、太平洋海運の拠点だったと言われています。周辺に二代成義(なりよし)の墓があったと伝わる福寿院、伏姫のモデル・種姫が住んだ種林寺跡、城跡の東の白浜町白浜字若宮横手に杖珠院(じょうしゅいん)があります。

 杖珠院(義実・成義・義通・義豊の墓がある)は義実の創建とされ、寺名は義実の法号「杖珠院殿建室興公居士」からとられたもの。

 安房を平定した義実は鎌倉公方・足利成氏に仕え、結城氏、武田氏とともに関東管領・上杉氏を破り、成氏が古河公方となって一時千葉孝胤(のりたね・上総千葉氏)の臼井城に逃れたとき、孝胤や武田氏らと協力し古河城を奪回します。

 成義は物語では別名の義成(よしなり)を用い、伏姫は義成の姉として登場。成義は実在不明と言われ、姉に至っては全くの不明ですが、虚実皮膜を突いて馬琴の闊達な筆が加わっています。『八犬伝』には義実-義成-義通(よしみち)の活躍と、義通の弟・実堯(さねたか・次郎として登場)そして義豊(よしとよ)誕生までが描かれています。

 安房には古くから一色氏の城として滝田城(南房総市上滝田)が知られています。(一色氏は鎌倉公方・持氏の家来で、持氏の死後は里見に従った。義豊と義堯の戦いの時、義豊側につき義堯に滅ぼされた。)滝田城は『八犬伝』で安西氏と戦う義実の居城や隠居城として用いられ、八犬士たちが訪れる話となっています。

 『八犬伝』で義通は、初めは幼名・太郎の名で登場し、蟇田素藤(ひきたもとふぢ)と牝狸の妖婦・妙椿(みょうちん・風の流れを替えることのできる『甕襲(みかそ)の玉』をもつ)に誘拐され、勝浦の北に位置していた館山城に幽閉され不幸な少年時代を送る話になっています。しかし八犬士の最後の決戦では立派に成長、国府台での陸戦の総大将として活躍する人物として描かれています。

 安房里見家の城として、館山市の館山城が有名ですが、ここに居城を移すのはもっと後の時代のこと。

 義通は稲村城主(館山市稲・北に流れる滝川を自然の堀としていた)として知られる人物で、物語では義成の居城として八犬士たちは稲村城に集います。

 また『八犬伝』の蟇田素藤と妙椿に関してですが、妙椿とは椿花を持って舞う八百比丘尼(若狭が発祥地)で、二人は椿木に囲まれた屋敷に逃げ込みます。ところで映画『椿三十郎』で家老が幽閉される屋敷が素藤家で、たくさんの椿が咲いていたのを思い出して下さい。『椿三十郎』は『八犬伝』を下敷きにした話なのです。