富山の洞窟と伏姫 南総里見八犬伝(8)

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 『八犬伝』で里見義実は安西景連(かげつら・史実では景春か)との戦で窮地に陥り、つい「敵の大将の首を取ってきた者には伏姫を与えん」と言ってしまったことから、猛犬・八房が景連を襲い、首をくわえて戻ります。里見家の勝利を喜びながらも、約束をした義実は困り果てますが、「假令(たとひ)そのこと苟且(かりそめ)のおん戯(たはぶ)れにましますとも、一トたび約束し給ひては、出でてかへらず、馬も及ばす。…」で始まる伏姫説得の場面は、名文中の名文。

 義実の約束には徳川家康の「千姫を助け出した者には姫を与える」の言葉が重ねられ、坂崎直盛への約束を反古にした家康批判がこめられているのです。

 犬婿話は日本各地に伝わっていますが、馬琴は中国故事を書いた『捜神記』の「槃瓠(はんこ)説話」を披露し、この話が空想でないことを示します。実は「槃瓠」でも犬と姫がこもるのは南山で、江戸からみて南山の富山(とみさん・現在富山町)にこもる設定も考えられているところです。

 「槃瓠説話」とは犬神一族の話であり、『八犬士』もまた犬神話であることは注意すべきでしょう。関東にユートピアを作り上げる八犬士は最後に子孫に地位を譲り、富山にこもります。子孫たちは里見家の内乱から逃れ安房から去っていく話となっています。犬神一族が一代限りの栄華を極めることを思えば、伝説に忠実に沿っているのです。

 伏姫と八房のこもった洞窟が、富山の北峰の中腹の岩井合戸にあります。馬琴は中村国香著「房総志料(ぼうそうしりょう)」を読んで、この場面を描きました。

 そして伏姫名ですが「伏」の漢字に「犬と寄り添う人」の意味が隠され、なんと伏姫の運命が予言されているではありませんか。

 姫を救おうと山に入った許婚の金碗大輔は、川の対岸から(富山の洞窟前に川はない)鉄砲を撃ち、八房に命中。その流れ玉が伏姫にも当たります。

 犬を射殺するのは徳川五代将軍綱吉の「生類憐令」批判です。綱吉は法令の継続を遺言して亡くなり、以後用いられなかったものの、庶民が恐れていたことは歌舞伎などで猟師出現演目の多いこと(例・『仮名手本忠臣蔵』早野勘平は猟師に身をやつす)でもわかります。殺生をする猟師を登場させて批判しているのです。

 姫は八房の子を身ごもっていない証明のため腹を掻き切ると光が走り、八の玉が八方に飛んで八犬士が生まれるという筋書きは、皆様のよく知るところです。

 大輔はゝ大(ちゅだい)和尚と名を変え八犬士を探しに旅立ちます。ゝ大とは「犬」の漢字を二つに分けたもの。伏姫が自害したのは長秋二年(1458年)秋と設定されています。