洲崎神社と役行者 南総里見八犬伝(7)

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 『八犬伝』の重要登場人物である里見義実の娘・伏姫(ふせひめ)は、義実が玉梓(たまづさ)の命を助けると約束しながらも殺してしまった〔言葉の咎(とが)〕の呪詛(じゅそ)をうけ、口が利けない状態で育っていきます。

 その伏姫の守犬として飼われるのが八房(やつふさ)です。八房は八つのぶちがある犬で玉梓の怨霊に育てられ、犬掛の里で大きくなります。犬掛とは富山近くに実在する地(南房総市犬掛)で、里見氏の内乱・犬掛合戦〔義豊(よしとよ)と叔父義堯(よしたか)の戦い〕が行われた場所として知られ、馬琴はその土地名から思いついたのでしょう。八房は姫が成長するにつれ恋心をつのらせます。

 『八犬伝』は、善悪混淆(こんこう)思想に貫かれている物語です。「禍福は縄をなうが如し」という言葉で馬琴はそれを示していますが、物事は善と悪に別れているのではなく、あたかも二本の縄紐をなうようにねじれ絡み合って進んでいくことを示します。八房は悪の化身でありながら、姫を守る善の心をもつ犬でもあり、善悪を体現している犬なのです。

 幼い姫を心配し、伏姫の母が詣でる神社として館山の安房一の宮・洲崎(すのさき)神社が用いられています。源頼朝が詣でたことで知られる神社で、隣の養老寺(頼朝にまつわる片葉のススキ伝説がある)に接した崖下には現在も、役行者(えんのぎょうじゃ)が住んだと伝えられる洞窟が存在し、磨耗した役行者の石像が安置されています。

 役行者は役小角(えんのおづつ)、加茂役君とも呼ばれ、七世紀に活躍した山岳呪術者で孔雀明王の秘術を修得。鬼神を駆使し空を飛ぶ術を得たと言われる人物。699年に讒訴(ざんそ)され伊豆に流されたと「続日本紀」は伝えています。

 伊豆と洲崎は近いことから、役行者は海上を飛んできたという伝説があり、鏡が浦で木上に坐し笛をふいていた話、村娘の恋人を相模から運んだ話などが伝わっています。また千倉の小松寺は役行者の創建。

 『八犬伝』では、牛に乗った笛吹き童子姿で役行者を登場させていますが、平群(へぐり)は平安時代から牧畜の盛んな地であり、徳川八代将軍・吉宗が白牛を印旛沼に放すなど、牛と千葉県との深い関係が知られています。役行者から「仁義礼智忠信孝悌」の八文字が浮かび上がる数珠を授かって伏姫は口が利けるようになり成長していきます。

 やがて里見氏と安西氏の戦が始まり、苦戦していた里見義実は「敵の大将の首を取ってきた者には伏姫を与えん」と二つ目〔言葉の咎〕を発してしまうのです。この物語は、領主は約束を違えてはならぬと説く教訓の書でもあるのです。

 (千葉日報読者文芸「日報詩壇」選者。千葉市在住)