忙人寸語

2010年2月16日

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▼「音楽の番組で男声四重唱の『雪山賛歌』というのがしばしばながれてくる。聞いておどろいた。なんのことわりもなくながれてくるのだが、じつは、これは旧制三高の山岳部の部歌なのである」

▼梅棹忠夫さんの著書『山をたのしむ』(山と渓谷社)の一節。梅棹さんは民族学者、比較文明学者として知られるが、もうひとつは登山家の顔も持つ。89歳の現在もお元気だ

▼それにしてもアメリカ民謡の『いとしのクレメンタイン』の曲に「雪よ岩よわれらがやどり、おれたちゃ町にはすめないからに」という歌詞をつけたこの歌が学生山岳部の部歌だったとは、この本を読むまで知らなかった

▼旧制三高山岳部出身の梅棹さんは本の中で「歌がつくられたのは1920年代で妙高の山麓(さんろく)でスキー合宿をしていたときに、みんなの合作でつくられたものらしい」と回想している。約80年も前の歌だが筆者にとってもわが青春の「山の賛歌」だ

▼「吹雪のする日はほんとにつらい…」と歌に誘われ、思い切って上越国境の山を歩いてきた。若いころは毎週のように歩いた山だが、横殴りの吹雪に容赦なく顔を殴られ、どうにも疲れて撤退した

▼「言わんことじゃない。年なんだから」と会社の同僚たちにさんざん笑われた。それでもなつかしい山の冷たい風が体にビシッと一本筋金を入れてくれたようで、柔な気持ちがしゃんとした。

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