2010年8月1日(日)
2007年11月13日13時57分
1993年1月、野球殿堂入りが決まり、笑顔で会見する稲尾和久氏=福岡市・天神の西日本新聞会館
プロ野球西鉄のエースとして通算276勝、シーズン最多の42勝を挙げ「鉄腕」の異名をとった稲尾和久氏が13日午前1時21分、悪性腫瘍のため、福岡市内の病院で死去した。70歳。大分県出身。葬儀・告別式の日時は未定。
10月下旬、検査のために入院していたが、病状が急変した。
大分・別府緑丘高(現芸術緑丘高)から1956年に西鉄に入団し、いきなり21勝6敗の好成績で新人王を獲得。57年には20連勝のプロ野球タイ記録を達成するなど、59年まで3年連続で30勝以上を挙げた。58年の巨人との日本シリーズでは3連敗後の4連投で4連勝。サヨナラ本塁打も放ち、逆転優勝の立役者となり「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれた。61年にはプロ野球タイ記録のシーズン42勝をマーク、69年に現役を引退した。
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