2020夏季千葉県高等学校野球大会 あの瞬間を捉えた写真も多数

【千葉魂】高校公式戦わずか1打席 益田、無名から飛躍遂げる

抑え投手兼選手会長としてチームを引っ張る益田=7月、ZOZOマリン
抑え投手兼選手会長としてチームを引っ張る益田=7月、ZOZOマリン

 1試合である。マリーンズ不動の守護神として君臨する益田直也投手の高校3年間の公式戦出場試合数だ。しかも投手ではなく代打での出場である。その1試合も高3夏の最後の和歌山大会準決勝の事だ。

 「練習試合とかでは代打の成績が良かったので」と益田。当時の事を懐かしそうに振り返った。

 高野山高校戦の試合終盤。2-4と2点ビハインド、1死一、二塁の場面で代打が告げられた。結果は初球を打って、遊撃へのハーフライナー。公式記録は遊飛となる。そして試合も敗れ、最後の夏は終わりを告げた。

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 「ボクの高校3年間は公式戦1打席ですよ。しかも1球。そんなプロ野球選手、他にはいないでしょ。たぶんボクだけだと思います」

 今の益田はそんな雑草のような日々を逆に誇らしげに語ってくれる。甲子園常連校で何度となく全国大会に出場し高校日本代表にも選ばれた選手たちが集うプロの世界にあって、彼は3年間で公式戦わずか1試合、1打席、1球しか経験をしていない。中学時代は投手と外野手の掛け持ち。高校に入学をすると肘を痛め、遊撃手に転向した。野球部には同学年は20人ほどいた。控え組の益田は高3夏までベンチ入りすることすらできなかった。

 もちろん当時の益田はプロなど夢物語としても語れない。このまま野球をやめ、消防士や警察官を目指すというもう一つの夢も考えていた中で、関西国際大学でもう一度、投手として本格的に野球を続ける選択をした。母子家庭で育ち、経済的にも決して楽ではなかったが、奨学金制度を利用。練習後の18時半から21時半まで自給千円ほどのアルバイトをしながら学校に通い、野球を続けスカウトの目に留まった。「大学時代、指導者の方に恵まれました。監督、コーチ。本当に出会いのおかげで道が開けました」と益田。中央球界無名の男は2011年ドラフトでマリーンズ最後の指名となる4位でプロの門を叩き、今となる。
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 「こういう選手でもプロ野球選手になれる。プロでやれるというメッセージを子供たちや若い人たちに伝えたいといつも思っている。今はまだ才能は出ていないかもしれないけど、なにかのキッカケで才能が芽を出すことがある。そういう子たちの希望のような存在になれる選手でありたい」

 益田はそう言って連日、ブルペンに向かう。出番はチームの勝利がかかった最終回。息の詰まる場面だ。最後を締める役割は並みの精神力では務まらない。そんな重圧と向き合い、積み重ねたセーブ数はまもなく100に到達する。登板数も500に近づく。高校3年間でベンチ入りすることすらなかなかできず、野手としてわずか1試合、1打席しか出番がなかった若者は今、マリーンズの選手会長となりチームを引っ張り、偉大な投手の仲間入りを果たそうとしている。背番号「52」。人には無限に広がる可能性があるということをその背中は雄弁に物語っている。

(千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)



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