【千葉魂】 球宴で聞こえてきた歌声 骨折で辞退の荻野、ファンに感謝

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7月13日のオールスター戦の試合後、パ・リーグファンが自身の応援歌を歌う動画を自宅で見る荻野
7月13日のオールスター戦の試合後、パ・リーグファンが自身の応援歌を歌う動画を自宅で見る荻野

 当たった瞬間は分からなかった。しかし大事をとって交代を告げられロッカーに戻ると手の感覚がなかった。指が動かない。「これはマズいと思った」。患部はどんどん腫れて青くなっていった。立川市内の病院に直行。痛み以上に、力を入れたくても入らない状態に事の重さを悟った。7月9日の埼玉西武戦(メットライフドーム)の6回表。荻野貴司外野手は打席で右手首にボールを受け、骨折した。初めてのオールスター出場を4日後に控えての戦線離脱だった。

 「今年は全試合出場を目標にしていたので悔しかったです。『またか』と周囲からも言われたし、そういう声が聞こえてきた。自分もそう思う。本当に悔しい」

 病院のレントゲンで見た骨の画像は衝撃的だった。本人いわく「バキバキに折れていた」。複雑骨折。医師からの診断結果を聞くまでもなく、復帰まで相当な日数を要することが容易に想像できた。それまで78試合に出場し打率2割8分7厘、2本塁打、25打点。盗塁は20個を記録し盗塁王のタイトルを視野に入れていた。無念のリタイヤとなってしまった。

 「肉体的にいい状態に仕上がって今年は開幕を迎えることが出来ました。開幕から試合に出ながら充実した毎日だった。目標は全試合出場。50盗塁。あの時点で目標はついえるのは分かった。悔しさがこみ上げてきたけど、現実は現実。復帰するまでどうしようもない。現実を受け入れて、やれることをやるしかないと思いました」

 戦線離脱の3日後には浦和の2軍施設でリハビリを再開した。悔しい想いを胸にしまい込み気丈に振舞った。患部を固定しながら出来る範囲で体を動かした。まだ走る事が出来ないからウォーキング。股関節や体幹トレなどから始め、その後は左手だけでバットを振るなど復帰の日を信じて懸命にリハビリを続けた。

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 心揺さぶられる出来事があった。7月13日のオールスターゲーム初戦(京セラD)。試合後にライトスタンドに陣取っていたパ・リーグのファンが荻野の応援歌を歌ってくれた。テレビ中継はすでに終わっていたが家族がネット上で広がっていた動画を見つけて教えてくれた。それは1度や2度ではなかった。何度も何度も歌ってくれた。マリーンズファンだけではない。ライオンズのユニフォームを着ていたファンもホークスの帽子を被っていた少年もファイターズ、バファローズ、イーグルスのファンもみんなで心を一つにして歌ってくれた。初の球宴出場を目前に控え辞退を余儀なくされた無念さを噛みしめている荻野に届けとばかりに合唱をしている映像だった。言葉に詰まった。しばし、映像をただ見つめた。目頭が熱くなった。

 「ありがたかった。1年目に半月板、2年目に膝の軟骨を痛めた。足とわき腹も肉離れした。肩も脱臼した。毎年のように故障して離脱している自分の事をファンの人はみんなで応援をしてくれていました。下を向かずに立ち上がって、もっともっと頑張れよとエールを送ってくれているように聞こえました。本当にありがたかったです」

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 その後、残念ながらシーズンでの復帰はかなわなかった。しかし、荻野は順調に回復し10月には本格的な打撃を再開。11月に鴨川で行われた秋季キャンプではシートノックにも入るなどほぼフルメニューをこなせるまでになった。

 「自分の中ではまだまだレベルアップできると思っている。来年こそレギュラーとして1年間、チームに貢献をして井口監督を胴上げしたい」

 オフも精力的に体を動かしている。休まずに走って、柔軟性と体の可動域を広げることを主においたトレーニングを続けている。「春のキャンプは2月1日から紅白戦があります。そこで初回に打って走って、アピールします」と荻野もすでに来年を見据えている。

 マリーンズは荻野が離脱するまで39勝37敗2分けと勝ち越していたが、その後は20勝44敗1分けと大きく負け越してシーズンを終えた。切り込み隊長の不在は数字に如実に表れてしまった。だからこそ来年は1年間、走り続けチームに貢献したいという想いが強い。なによりも、あの日のオールスターゲームで声を枯らし、励ましてくれたパ・リーグのファンにグラウンド所狭しと暴れまわる姿を見せるつもりだ。

(千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)