【千葉魂】 伝えたい野球の楽しさ 大嶺祐、島の子供たちと交流

 その歌声を静かに聞いていた。時に目を閉じながら大嶺祐太投手は子供たちが歌う「島人ぬ宝」に耳を傾けていた。石垣島春季キャンプ最後の休日となった2月15日。大嶺祐は小浜島にいた。石垣島からフェリーで30分。島で唯一の学校を訪問するため、足を運んだ。そこは海がきれいに見渡せる丘の上の学校。南の島、独特の心地よい風の香りを感じながら、校門をくぐった。音楽室に通された。子供たちが歌って歓迎をしてくれた。

 「子供たちと触れ合う機会を持つことで、野球、そしてマリーンズに興味を持ってくれたらうれしい。なにかのキッカケになればと思う」

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 キャンプ前から企画した学校訪問だった。石垣島の子供たちとはキャンプを通じて交流を深めてきたが、八重山諸島出身の数少ないプロ野球選手として他の島の子供たちとも触れ合いたいと考えていた。現地関係者を通じて、訪問先を検討。小学生37名、中学生13名の全校生徒50名の、小浜島で唯一の小中学校が快く受け入れてくれた。創立120年を超える歴史のある学校だが、生徒の数は決して多くはない。そして野球経験者がいなかった。だからこそ、自ら足を運んで訪問する意義があると感じた。

 「今、八重山諸島のどの島もサッカーに圧されて野球をやっている子が減っている。それは野球人としては、とてもつらいこと」

 強い危機感を感じている。八島マリンズ。大嶺が所属していた少年野球チームの部員は年々、減り続け、今年ついに7人になった。石垣島で野球振興を目的に自身がプロ入りした時から1月に2日間かけて行っている「大嶺祐太杯」という大会がある。第1回大会に八島マリンズは見事に優勝をした。自ら製作した優勝旗と記念メダルを渡せたのが誇らしかった。しかし、今年、八島マリンズは、部員が足りないため試合ができず、混合チームでの参加を余儀なくされた。ショックを受けた。だからこそ、積極的に動こうと決めた。

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 「自分のことを知らなかったらどうしよう」。ドキドキしながら校門をくぐり、ユニホームに着替え、生徒たちが待つ音楽室に向った。杞憂(きゆう)に終わった。「プロ野球選手って、大きい!」。子供たちから大歓声が沸き起こった。笑顔で迎えてくれた。質問攻めにあい、校庭に出て、キャッチボールをした。野球経験者はいなくてもグローブを持っている生徒がたくさんいたことがうれしかった。みんな、楽しそうな表情でボールを投げてくれた。サインを頼まれ、快く引き受けた。子供たちは言った。「今年、テレビで応援するね」。「キャッチボール楽しかった。お父さんとやりたい」。その言葉になんともいえない充実感を感じた。

 子供たちは歌ってくれた。中学生の男子生徒は歌に合わせ、三線を披露してくれた。「島人ぬ宝」が、心地よく音楽室の中に響いた。大嶺も時に目を閉じながら聞き入った。胸が熱くなるのを感じた。この子たちのために頑張ろうと心に誓った。

 「今日、出会った子供たちは、きっとテレビで見てくれるはず。自分が活躍することで、プロ野球を身近に感じてくれたらと思う。夢を持つ大切さをマウンドから伝えたい」

 手を振って、学校を後にした。最後に生徒たちには夢を持つことの大切さ、そして夢を諦めないことの尊さを伝えた。みんな目を輝かせて聞いてくれた。帰りのフェリー。最後尾に座った大嶺祐は、名残惜しそうに島を離れた。「楽しかった。また行きたいですね」。海風を感じながら、そう口にした。八重山諸島にはたくさんの学校がある。自分がプロ野球選手という影響力のある職業についている今、野球の楽しさを少しでも伝え、夢を持つ大事さを子供たちに伝えたいと思っている。背番号「11」は遠い海を眺めながら優しい目をした。いつしか小浜島はうっすらとしか見えなくなっていた。それでも、子供たちの元気な歌声はハッキリと思い出すことができた。

 (千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)



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