【千葉魂】 忘れられない荻野忠の言葉 ブレーク清田「常に堂々と」

  • LINEで送る

 真ん中低めのスライダーを左翼席に運ぶと右手で大きくガッツポーズをした。清田育宏外野手が初出場のオールスター第1戦(東京D)、三回に巨人の菅野から3ラン。敢闘賞を受賞した。そして、この試合をうれしそうにテレビ観戦をしていた元チームメートがいた。昨年までマリーンズに在籍していた荻野忠寛投手だ。マリーンズ時代は自宅が近かったこともあり、よく食事にいったりした。昨年、2軍で、もがき苦しんでいた清田の姿を思い出し、表彰台で笑顔を見せる背番号「1」に拍手を送った。

 「やっぱり、うれしいですね。去年は2軍で一緒にやって、苦しんでいる姿をよく見ていましたから。でも、アイツならこれくらいはやれるとずっと思っていた」

 現在は古巣の社会人野球・日立製作所に復帰し、野球を続けている荻野忠寛投手。気に掛けていた後輩選手の活躍を自分のことのように喜んだ。

    □     ■     □

 昨年12月のこと。マリーンズを退団することになった後、清田と食事に出かける機会があった。その場で、いつもは笑顔を絶やさない荻野忠寛投手が熱のこもった口調で、諭すように話し出した。

 「キヨ(清田)の能力は誰もが認めるものがある。だから、小さいことを気にするな。堂々としていればいいんだ。プレーの中でラッキーやアンラッキーは必ずある。審判のジャッジだって、時には有利な時もあれば不利な時もある。でも、それは誰にでもあることで、仕方がないこと。それに心をかき乱されてはいけない。ボールをストライクと言われても、そこから打ってやるぐらいの強い気持ちでいこうよ。例え、試合に出られない日が続いても、代打でチャンスが来たら、絶対に打ってやるという姿勢で常に堂々としておけばいいんだよ。キヨの能力なら、それが出来る」

 それは旅立つ前の餞別(せんべつ)の言葉だった。その熱い思いは清田の心に強く響いた。だから、2015年が始まるとまずは自分の考え方を変えて、グラウンドに向かうようにした。

 「ああ、そうだな、と思いました。荻野さんの言葉はとても大きかったと思う。これまではどこか周りの目を気にしたり、精神的に揺れ動いていたことが多かったけど、今年は常に堂々と、いつ出番が来てもいいように準備をする気持ちを持ってやれている」

 5月中旬に1番に定着すると、そのバットからは打ち出の小づちのようにヒットが量産された。4試合連続猛打賞の球団記録に加え、5月9日から6月10日まで23試合連続ヒット。打率はチームトップで、マリンガン打線の核となっている。

    □     ■     □

 シーズンに入ってお互いが忙しいこともあり、その後はなかなか、連絡をする機会はない。が、今も清田は先輩が語ってくれたアドバイスを片時も忘れたことはない。ある雑誌のインタビューでは「荻野さんの言葉がキッカケになった」と何度も語った。その話を伝え聞いた荻野忠寛投手はなんともうれしそうな表情を浮かべた。

 「覚えてくれていたんですね。それはうれしいです。今のキヨはきっと気持ちが充実しているのでしょう。彼の能力からしたら、もっともっとやってもおかしくはない」

 清田がオールスターでホームランを打った6日後。荻野忠寛投手は東京ドームのマウンドにいた。第86回都市対抗野球大会1回戦で信越硬式野球クラブと対戦し、先発のマウンドを任された。投げる前、清田がホームランを打った左翼席に目をやった。そして「自分も頑張るぞ」と気合を入れ、ボールを握った。スタンドには練習を終え、応援に駆け付けてくれたマリーンズの後輩投手たちの姿があった。清田はテレビ越しに応援していた。

 残念ながら試合には敗れた。初回2死から空振り三振でチェンジと思われた場面で、バットにボールが当たったとジャッジをされ、その直後に先制の3ランを浴びての敗戦だった。それでも「これが野球」と泣き言は決して言わず、口を真一文字に結んで、前を向いた。次なる目標は10月に行われる日本選手権(京セラD)。顔面に死球を受けながらも立ち上がった清田のガッツ。マリーンズの仲間たちの熱いプレーに負けじと、自分の力を信じ、堂々と投げてみせるつもりだ。

 (千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)